有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

三十一話〜鉢合わせ〜





 エレノラが馬車に乗ると、ヨーゼフは馬に乗り付いて来た。
 あれから何度断っても「ユーリウス様からの命令ですので」と引いてくれず、結局一緒に行く事になってしまった。
 フェーベル家にも護衛はいたが、普段は屋敷内の雑務をしており外出時に同行する事は先ずなかった。なので、正直落ち着かない。
 馬車に乗る際は率先して扉を開けて手を差し出してくれた。その後馬車は無事街に到着をしたが、降りようとするとまた爽やかな笑顔で手を差し出された。
 街の入り口で降りたのだが、カルガモの親子のように後ろからついて来る。そして痛いくらいに背中に視線が突き刺さるのを感じた。
 


「では私は店の前で待機しておりますので、何かあればお声掛け下さい」

 目的の雑貨店に到着すると、ヨーゼフはそう言い扉の横に立った。
 そんな彼を横目に店内に入ったエレノラはため息を吐く。
 護衛だが監視役かは知らないが、息が詰まりそうだ。


「やあ、奇遇だね」

 暫く店内を見て回っていたが、不意に声を掛けられ振り返るとエレノラは目を見張った。
 一瞬、幻でも見たのかと一度顔を逸らしまた改めて確認するが、やはり幻などではない。
 すみれ色の瞳がこちらを見ていた。

「お、王太子殿下っ⁉︎」

 驚き過ぎて思わず大声を上げそうになり、慌てて声を抑えた。

「まさかこんな所で会えるなんて思わなかったよ」

 そう言って軽快に笑うアンセイムをよく見れば、一般的な平民の装いをしている。ただ彼の気品さは隠しきれておらず、全く平民には見えない。どう見ても、お忍びで来ている何処ぞの貴族の令息くらいが限界だ。

「あの、王太……」

「アンセイムと呼んで」

 王太子殿下と呼ぼうとすると、彼は顔の前で人差し指を立てて制止する。

「……アンセイム様?」

「ああ、何だい」

 これは何かの罠……?
 高が田舎貴族のエレノラごときが王太子を名前で呼ぶなど不敬になり簡単に首チョンされそうだ……。思わず想像してしまい、頭を振り悲惨な妄想を打ち消す。

「どうかしたのかな」

「い、いえ‼︎ 何でもありません!」

 目を丸くしているアンセイムに、エレノラは笑って誤魔化した。
 ユーリウスと違ってアンセイムは優しそうだし大丈夫だろう。まさか後から不敬だ! 首チョンだ! なんて言ってこない筈。
 それにこれは不可抗力だ。こんな場所で彼が王太子だとバレたら大変な事になってしまう。

「お一人なんですか?」

「一応ね。実はお忍びで来ているんだ」

 話を聞けば、息抜きにたまにこうやって街へ繰り出しているそうだ。特に目的はなく、この雑貨店に入ったのも気まぐれだと言う。

「ここで会った事は秘密にしておいてくれると助かる。以前ユーリウスにバレてしまって、説教を受けた事があるんだ」
 
 彼はまるで悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
 わかりみが深い。
 先日、散々ユーリウスから口煩く説教を受けた事を思い出す。

 自分はクズ男の癖に、人には説教をするなど言語道断だ。やはりクズ男だ。大事な事なので二回言っておく。

「分かりました、二人だけの秘密にしておきます」

「君は素直で愛らしい女性(ひと)だね」

 そう言いながらアンセイムはエレノラの頭を撫でた。

「⁉︎ あ、あのっ」

 突然の事に動揺していると、エレノラが購入しようと手にしていた道具一式はいつの間にか彼が手にしており、違った意味でも驚く。

「え、アンセイム様⁉︎ それは、私が」

 購入しようとしていた物ですと言おうとするが、彼は流れるような動作でそのまま会計を済ませると、エレノラに手渡した。

「あの、お金を支払います!」

「ははっ、律儀だね。偶然居合わせたとしても、女性に支払わせる訳にはいかない」

「でも、買って頂く理由がありません」

 正直、このまま受け取りたい。
 実は想像していた値段の倍はしたので、かなり痛い出費になる。だがーー
 ただより怖いものは無い……ただより怖いものは無い……心の中でそう唱えながら葛藤する。

「ならこうしよう。ユーリウスに黙ってて貰う代わりの、謂わば口止め料だ。どうかな?」

 口止め料などなくてもユーリウスなどに話すつもりはなかったが、そういう事なら気兼ねなく貰える。これで道具代が浮いた! と内心歓喜した。

「それなら、有り難く頂戴します!」

「ははっ、本当に素直な女性(ひと)だ」

 その言葉に少し恥ずかしくなり、エレノラははにかんだ。

「そういえば、君も一人で来たのかい?」

「いえ、本当はそのつもりだったんですけど、ユーリウス様が寄越した護衛が外にいます」

 護衛という名の監視役がと心の中で付け加えておく。

「ユーリウスが? 心配していたが、どうやら大切にして貰っているようだ」

「そんな事実は全く持ってありませんが」

 真面目に答えたつもりだが、彼はまた軽快に笑った。
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