有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

三十二話〜提案〜



 
 先日、エレノラに護衛をつけた。
 目を離すと何をしでかすか分かったものではないので、謂わば監視役のようなものだ。
 侍女達もいるが、いつの間にかエレノラに掌握されているらしく役に立ちそうにない。
 それにまた狼に襲われる可能性も否めない。
 全く世話の焼ける芋だ。
 しかも余計な真似までする。
 料理店に連れて行った帰り際、残飯を持ち帰ろうとして揉めた。制止するユーリウスに「もったいない」と食い下がり、諦めさせるのに苦労をした……。
 余りにしつこく駄々を捏ねるので、仕方なく代わりに土産を用意すると提案をする。
 それでもまだ納得はしていなかったが、渋々了承をした。だがこれで終わらないのが、あの芋娘だ。
 土産はデザートに出された焼き菓子だったのだが「では、使用人の皆さんの分とミルの分も追加でお願いします」と言う。更に例の空飛ぶネズミは焼き菓子が食べれないらしく、フルーツに変更する事となった。変更云々の前に何故ネズミにまで土産を買わされなくてはならないのかと腹が立った。
 そしてその翌日、使用人達と顔を合わせる度に土産の礼を言われ続けた。こんな事は初めてで、どう対処すればいいか分からずただ困惑をせざるを得ない。
 どうにもあの芋娘に日常を乱されているように思えてならない。故にやはり確り監視すべきだろう。

「ーーユーリウス、聞いているのかい?」

 アンセイムの声にユーリウスは我に返った。
 手元の書類から顔を上げれば、すみれ色の瞳と目が合う。
 珍しい瞳の色だが、そういえば芋娘も同じ色の瞳だとボンヤリ思った。

「申し訳ありません。もう一度宜しいですか?」

 私とした事が仕事中にも拘らず、物思いに更けるなどどうかしていると内心ため息を吐く。
 今は執務室で公務中だ。

「結婚生活は順調か気になってね。それで、奥方とは仲良くやっているのかい?」

 反省をした事を撤回したい。
 至極どうでもいい話だった。
 昔からそうだが、困った事に彼は戯言が多く自由奔放な人だ。

「色々と興味深い噂が出回っているようだけど、実際はどうなのか気になってね」

 お披露目の夜会に参加した後も何も言ってこなかったので、特に興味などないと思っていたので意外だと眉を上げる。

「初夜に別の女性と過ごしたとか、屋敷に毎晩女性を連れ帰っていたとか、君の女性達がお茶会に奥方を招いて嫌がらせをしたとか聞いているんだけど」

 どれも身に覚えがある事だが、相変わらず社交界の噂話は一体何処から情報を得ているのかと呆れるほど個人的な事柄が詳細過ぎる。

「ああ、後、お茶会で嫌がらせでお茶に虫を入れられていたのを奥方が食べたとか……は流石に嘘だろう?」

「それは当然です」

「という事は他は事実なんだね」

「……はい」

 まるで説教を受けているような空気に、一体何なんだと怪訝に思う。

「どうやら彼女との結婚が不満みたいだね」

「言うまでもありませんが、あの娘と私とでは吊り合いが全く取れていません」

 ユーリウスがそう言うと、アンセイムは顎に手を当て何やら考える素振りを見せた。

「彼女とは少し話しただけだが、私はとても気が合うみたいだ」

 突然そんな事を言われ、意図が分からず眉根を寄せる。

「君が彼女を必要としていないのなら、私が彼女を貰い受けたい」

「は? いえ、失礼致しました。ですが、一体何のご冗談ですか」

 更に聞き間違えかと思うくらいに突拍子もない発言に、思わず間の抜けた声が出た。

「君は知っていると思うが、王太子妃との関係は冷え切っていてね。結婚して八年経つが、未だ子にも恵まれていない。周りからは、そろそろ側妃をとの声も少なくない。そこで、エレノラ嬢を側妃に迎えるのもいいと思ってな」

 何とも笑えない冗談だ。
 あの芋娘を王太子の側妃に迎える? とても正気の沙汰だとは思えない。
 そもそも幾ら気に入ったか何だかは知らないが、一応人妻だ。候補にする事自体間違っている。

「ただそうなると、公爵が不満に思うだろう。
君と結婚してくれる奇特な女性はそうはいないからな」

 彼の場合悪気は皆無だろう。
 ただ事実とはいえ、その物言いに若干苛っとする。

「そこでだ、以前結婚話が上がっていたドニエ家の令嬢がいるだろう? 今も君と彼女は随分と親しい間柄のようだし、私が後押しをするのはどうだ? 確かあの時はドニエ侯爵家が断ったそうだが、私から侯爵に話をしてみよう」

「っ……」

 一度無くなったフラヴィとの結婚話しがまさかまた浮上するとは思いもしなかった。
 フラヴィから拒否をされた事で話は無くなりはしたが、その後も妻を迎えるならやはり彼女のような女性がいいと考えていた。
 故にフラヴィと結婚出来るなら、それに越した事はない。
 
「正気ですか? 芋、ではなく彼女は田舎貴族の一介の伯爵家の娘です。殿下には相応しくありません。側妃を娶るなら、他にいくらでも適任の令嬢がいる筈です」

 アンセイムからの話は実に魅力的だ。
 王太子の彼が口利きをしてくれるなら、侯爵も無下には出来ない。これはまたとない機会だ。あの芋娘と離縁してフラヴィと再婚すれば、ユーリウスの理想通りとなる。
 頭ではそう考えているが、無意識に否定的な発言をしていた。

「いや王太子妃ではなく側妃ならば、ある程度私の意向を通す事は可能だ。田舎貴族といえ伯爵家の令嬢に違いない。然程問題にはならないだろう」

 真っ直ぐにこちらを見据えるアンセイムの目を見て理解する。彼は本気だと。

「これは君にとって悪い話ではないだろう? 結論を急かすつもりはないが、考えておいて欲しい」

「……分かりました」

 その後、ユーリウスは仕事に戻るが手につかず殆ど捗らなかった。


 




 
< 33 / 105 >

この作品をシェア

pagetop