有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

三十四話〜閃き〜



 先日薬の調合をする道具を買った、というより買って貰った。
 
(こんな値の張る物を簡単に買ってくれるなんて、王太子殿下はお金持ちだわ)

 やはり王族は住む世界が違うと感心してしまう。
 きっと彼と結婚すれば少しは恩恵にあやかれそうだなどと邪推な事を考えてみたりする。王太子妃が羨ましい。

 材料も道具も一式揃ったので、エレノラは早速調合を始めた。
 
「久々だから、結構時間掛かっちゃった」

 朝から作業を始めお昼休憩を挟み、片付けまで終えたのは夕方だった。

「でも見て、ミル。こんなに作れたのよ」

シュウ?

 退屈そうにしていたミルに見せると、不思議そうに眺めている。
 何種類か調合は出来たが、量は意外と少ない。それに沢山採取してきたつもりだった薬草は全て使い切ってしまった。

「これは由々しき事態だわ」

 物件は今の所未定だが、これから店を開く予定なのにこんな調子じゃ直ぐに材料が不足してしまうだろう。
 無論、また山に採りにいくしかないのだが、お金も時間も掛かるし効率が悪過ぎる。

「何か良い方法は……人を雇うのは論外だし……」

 頭を悩ませながら、何となしに窓の外を見た。
 窓の外には美しく整備された庭が広がっている。荒れ果てた生家の庭とは大違いだ。

「……!」

 閃いた! とエレノラはいそいそと部屋を出て庭へと向かった。
 

「若奥様、どうされたんですか?」

「ねぇヨーゼフ、スコップ持ってない?」

「申し訳ありません、スコップは普段持ち歩いておりません」

「それはそうよね。ボニーに聞いてみるわ」

 勢いのままに庭に出たまでは良かったが、いざ土の状態を調べようとした時、掘る物がない事に気が付いた。
 その後、ボニーに頼みスコップを用意して貰いエレノラは庭の何も植えられていない場所を掘り出す。

「若奥様、愚かな私をお許し下さい。次からは三百六十五日、二十四時間肌身離さずスコップを持ち歩きます!」

 その間、近くに控えているヨーゼフがそんな事を言っていたので困惑しながらも丁寧に断ると「若奥様はお優しい!」と感激していた。
 彼の主人はユーリウスだが、余程厳しく管理されてきたのだろうか……。
 
(まあ、あのクズ男の事だからきっと理不尽な扱いをしているに決まっているわ。それにもし今こんな所を見られでもしたらーー)



「何をしている」

「……」

 蹲み込んでいるエレノラの背後から、今一番聞きたくない声が聞こえてきた。
 思わず身体がビクリりと反応をする。
 おかしい……。
 いつもならこの時間はまだ帰ってきていない筈。ならこれは幻聴? 昼間、薬の調合を頑張ったので疲れているのかも知れない。

「ヨーゼフ」

「若奥様は、庭に蹲み込んでいらっしゃいます」

「そんな事は見れば分かる」

 幻聴が今度はヨーゼフに話し掛けている。
 そしてヨーゼフの返答が気に入らなかったようで、少しご立腹だ。
 ヒシヒシと背中に視線がつき刺さるのを感じる……。
 その為、これは幻聴などではないと気付きたくないのに気付いてしまった。
 そして瞬時に脳内で、この危機的状況をどう乗り越えるか思案する。

「あら旦那様、もうお戻りですか?」

 打開策は……ない!
 この理屈っぽいクズ男にはエレノラの素晴らしい閃きを説明した所で鼻で笑い足蹴にするに違いない。
 なのでここは笑って誤魔化して、有耶無耶にするしかない! と結論を出す。
 覚悟を決めてエレノラは振り返った。
 ただ旦那様呼びをした自分に心の中で悶絶する。

(旦那様って、誰の? 私の? 旦那様? 事実だけど、鳥肌が〜‼︎)

「ここは私の屋敷だ。いつ帰ろうと私の勝手だ」

「うふふ、そうですよね」

 ダメだ。
 自分で自分にダメージを与えてしまい、上手く笑えない。どうしてもぎこちなくなってしまう。
  
「それで、こんな所で何をしているんだ」

「あー、えっと、それは……きょ、今日はいいお天気でしたね!」

「朝からずっと曇り空だったがな」

「あら、襟元が曲がっていますよ?」

「こういうデザインだ」

「あのユーリウス様、お腹空きませんか?」

「それほどでもない」

「……」

 おかしい。
 話題に全く食いついてこないと、眉根を寄せる。やはり女性以外への興味は皆無なのかも知れない。

「いいから、さっさと言え」

「……怒りませんか?」

 そんな中、短気なユーリウスは痺れを切らした様子で自供させようとしてくる。なので、負けじと先に対策を講じた。

「内容による」

「なら言いたくありません」

 曖昧な返答に、これは怒る前振りだと勘付いた。
 絶対に騙されないと唇を尖らせプイッと顔を背ける。

「分かった、なるべく怒らないように善処しよう」

「絶対ですよ?」

 だが意外にも妥協を見せるユーリウスに、エレノラも観念をする。
 きっと今、やり過ごしても何れはバレるだろう。それに後からバレた方が不味い気もする。


「畑だと⁉︎」

「畑なんてそんな大袈裟な物じゃありません。少し庭の空いている場所を有効活用しようかな、と思っただけです!」

 エレノラの妙案を丁寧に説明をすると、やはり目尻を吊り上げた。
 
「山に行くより効率的だと思ったんです」

 善処するって言ったのに……そんなに怒らなくてもと不満に思う。
 確かにこの庭は整備されて綺麗だ。だが空いている場所も沢山あり、畑にしたからといって支障があるとは思えない。
 それに庭で薬草を採取出来れば、時間やお金、効率性や狼の懸念もなくとってもお得だ。

「分かった、許可をしよう」

「本当ですか⁉︎」

「但し、条件がある」

「え、まさか、お金を取るんですか⁉︎」

 ダメ押しで更に理由を告げると、ユーリウスは意外な事に許可をしてくれた。だが、やはり一筋縄ではいきそうにない。条件を出してきた。
 エレノラの脳裏に庭の使用料の文字が浮かぶ。
 
「そうじゃない。ただ私の許可なく勝手な真似をした罰を受けて貰う」

「っ⁉︎」

 思わずごくりと喉を鳴らした。
 お金ではない事に安堵しながらも、罰という言葉に若干身体が強張る。
 まさか大きな桶にスプーンで水を汲んでこいとか、床を舐められるくらい磨かせておいて水桶を足蹴りしてまた汚すとか⁉︎

「半月、私とのお茶に同席して貰う。私が直々にお茶の席でのマナーを叩き込んでやろう。覚悟するんだな」

 だが彼が提示した罰は、脱力する程簡単な内容だった。
 
「分かりました」

「二言はないな」

「勿論です。そんな事で許可して頂けるなら、半月でも一ヶ月でも同席します!」

 ただきっとクズ男の事だ。何か裏があるに違いない。だが! 畑の為、延いてはお金の為! 受けて立ってやると意気込んだ。

 
 
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