有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
三十五話〜屈辱〜
翌日、ユーリウスは休日だった。
そしてその日の昼下がり、約束した通りお茶の席を設けた。
ユーリウスは向かい側に座るエレノラへと視線を向けた。
普段の芋全開の格好ではなく、いつもよりはマシになっている。
ただ事前に伝えていなければ、あの一体どこから調達してきたか分からない田舎者のドレスを着てきただろう。
そして改めて思う。何故あの時、芋娘とのお茶を提案したのか自分でも分からない。
確かに躾けだとは考えたが、果たしてこんな事をする必要はあったのか……いやない。面倒なだけだ。ならば何故だ。
心当たりがあるとすれば、昨日の日中にアンセイムからあんな突拍子もない提案をされた事くらいだが、どうにも解せない。
何故それでエレノラとお茶をする事に繋がるのか……。
ユーリウスは、お茶は優雅に一人で楽しむのが好きだ。たまにフラヴィに誘われ付き合う事もあるが、正直面倒だと感じている。それをわざわざ罰と称して、自分から誘うなど考えられない。それもあの芋娘をだ……どうかしている。寧ろこちらが罰を受ける側になっているとしか思えない状況だ。自ら罰を受けるなど自虐か? とすら思える。だが当然、ユーリウスにそんな趣味はない。
そんな事を延々と考え、昨日から自分が自分で分からず気分が晴れないでいる。
(殿下が、あのような事を言うからだ)
アンセイムが余計な事を言わなければ、こんなつまらない事で悩む必要などなかった筈だ。
(それにしても、こんな芋娘のどこを気に入ったというんだ)
恐らく毛色が違う故に興味が湧いたのかも知れないが、そもそもアンセイムとエレノラでは年が一回り近く離れている。
確かに政略結婚で親子程離れている事もなくはないが、その場合は身体の関係を結ばないのが暗黙の了解だ。
親子まではいかずとも、一回り離れていれば子供を相手にしているようなものだろう。ユーリウスとエレノラは七歳離れているが、まさに子供を相手にしているように感じている。
ふと昨日のアンセイムとの会話を思い出す。
王太子妃との関係が不仲で子が出来ないと言っていた事から、芋娘に手を出そうとしている事は明白だ。
そこまで考えてハッとする。
(まさかとは思うが、殿下は幼女趣味なのか⁉︎)
そんな事が頭を過った。
嬉々としてケーキを食べているエレノラを改めて見て確信を得る。
歳の割には顔も幼く身体も貧相だ。痩せているのが悪い訳ではないが、つくべき場所に肉がついていないので体型が子供と大差ない。極め付けは中身が幼稚だ。
それに比べて王太子妃はエレノラとは真逆のタイプだ。つくべき場所に確りと肉がつき、妖艶さも兼ね備え落ち着いた女性だ。きっと好みが真逆で、萎えてしまうのだろう。
腑に落ちた。間違いない。アンセイムは幼女趣味だ。
「ボニー、ケーキのお代わりってある?」
「はい、若奥様。まだまだ沢山用意してありますよ」
暫しユーリウスが意識を飛ばしている間に、ケーキを平らげたエレノラは侍女にお代わりを要求していた。それを見たユーリウスは制止する。
「君はもういい、下がれ」
「かしこまりました……」
余計な真似が出来ないように人払いをした。
するとエレノラは不満気にこちらを見てくる。
「お茶の席で、菓子のお代わりを要求する女性など聞いたことがない。出された分だけ食べるように」
「じゃあ、男性はいいんですか?」
「男性も私は見た事がないがな。兎に角ダメなものはダメだ」
マナー以前の問題だ。
女性は品がありお淑やかであるべきだ。大喰らいなどもっての外だろう。寧ろ普通より食が細い方が愛らしくすら感じられる。
「……」
「……」
先程まで不満気にしていたエレノラは、今度は落ち込んだ様子で黙り込む。
(何だと言うんだ……。そんなに空腹だったのか? いや、昼食からそんなに経っていないのであり得ないだろう。それとも、このケーキをそんなに食べたかったのか?)
何故か罪悪感を覚え苛々もする。
下らない、放って置けばいい。
少し甘い顔を見せれば女性は過剰に甘えてきたり我儘を言いだす傾向がある。そんな時は面倒故、相手にしない。
(この私が機嫌をとるなどあり得ない)
あり得ないが、口が勝手に動いてしまう。
「今日だけだ。次はない」
ユーリウスはまだ手を付けていない自分のケーキの皿をエレノラへと差し出した。
「え、いりません」
だが真顔で拒否をされ、一瞬思考が停止する。馬鹿みたいに口を半開きにして呆然とした。
物欲しそうにしていた癖に、何故拒否をする⁉︎ 理解不能だ。
「それはユーリウス様の分ですから、食べれません」
困り顔で皿をこちらに押し戻してきたので、更に皿を押し戻す……がまた戻ってきた。
「私がいいと言っているんだ」
「ダメです、ユーリウス様の分です」
「いいから黙って受け取れ」
「嫌です! 人様の分を奪ってまで食べれません!」
「いいと言っているだろう⁉︎」
「ですから、あ……」
ケーキの皿を移動させながら押し問答を繰り返す内に、皿の上のケーキはパタリと倒れ崩れた。
その光景に二人の手はようやく止まったが、エレノラは少し悲しそうな顔をする。
「新しい物を持ってこさせ……」
仕方がないと人を呼び新しい物と取り替えようとすると、突然エレノラが席を立つ。
そしてそのままこちらへと向かってくると、フォークを掴み崩れたケーキを載せた。
「口を開けて下さい」
「は? 何を言って……」
「口を開けて下さい」
良い知れぬ威圧感に思わず口を開けた時、口の中にケーキを突っ込まれた。
「っ⁉︎ ーーな、何をするんだ⁉︎」
咀嚼し飲み込むと、エレノラはニッコリと笑った。
「これは責任を持ってユーリウス様が食べて下さいね」
「何の冗談だ。こんな崩れた物を私に」
「ユーリウス様はお一人で召し上がれないみたいなので、またあ〜んって致しましょうか?」
「……」
こんな屈辱を受けるのは初めてだ。
色々言ってやりたい。
お茶の席で立ち上がるな、行儀が悪い、品がーー
だが苛立ちよりも、羞恥心が勝りユーリウスはフォークをエレノラから受け取ると黙ってケーキを完食した。