有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

三十七話〜病気〜



「え、ユーリウス様、もうお戻りですか?」

「……私が早く帰宅すると不都合な事でもあるのか?」

 少し早いが夕食にしようかと部屋を出て、廊下を歩いていると出会してしまった。無視する訳にもいかないので、取り敢えず声を掛けると顔を顰める。

「いえ、まさか、全く持ってそんな事は……」

(あるに決まってるじゃない)

 ユーリウスの帰宅が早いと屋敷内の空気が重くなり悪くなる。どうせなら以前のように愛人とお泊まりでもしてくれると気も楽だし、屋敷内の平穏は保たれる。

「夕食後、忘れずに来るように」

 愛想笑いを浮かべていると、彼はそれだけ言って立ち去った。

 ユーリウスとお茶会をするようになって早くも十日が経つのだが、最近、ユーリウスの帰りが早い。しかも愛人を連れて来る訳でもない。

(変だわ。病気かしら)

 特に変わった様子は見受けられないが、もしかしたら体調が悪いのかも知れない。そうじゃないと説明がつかない。あの女好きのユーリウス(クズ)が、愛人に会わないなんて……このままでは違った意味で病気になるのでは。例えば……。
 命名ーー愛人欠乏症。
 当然そんな病名は存在しないが、この世界で唯一彼なら発症しそうだと真面目に思う。

 それにしても、確かに半月お茶をする事が畑を作っていい条件&罰ではあるが、普通に考えて休日だけだと思うだろう。
 なのにまさか夕食後に毎日お茶会をするなんて思いもしなかった。


「あの風邪ですか?」

 夕食後、お茶をしているとユーリウスはやたらと咳をする。やはりエレノラの推測は当たっていたようだ。
 風邪か? それとも愛人欠乏症か? と判断に悩む。
 どちらにせよ体調が悪いなら無理してお茶をする必要はないと思う。

「違う」

 だが即答で否定をされ、眉を上げた。
 
「では何か喉に詰まらせたとか」

「違う」

「もしかして、都会ではお茶の席で咳をするのがマナーとか」

「そんな事がある筈ないだろう⁉︎」

 理由が見つからず、半信半疑で言ってみたがやはり違うようだ。
 クズ男が目を吊り上げている。

「ではどうしたんですか?」

「あー、いや、その…………土産を買ってきた」

 珍しく歯切れ悪く話すと、小さな箱をエレノラの前に置いた。
 お土産と聞いた瞬間、脳裏には食べ物が浮かんだのだが、それにしては小さ過ぎる。不思議に思いながら開けて見れば、中からは青色の宝石があしらわれたネックレスが出てきた。
 素人のエレノラでも分かる。これは絶対に値が張る! と。

「ありがとうございます!」

 お礼を言って嬉々として受け取った。
 するとユーリウスは鼻を鳴らすと優雅にお茶を飲む。

「とっても高そうですね! 因みにこれって、幾らくらいで売れますか?」

「ゴホッゴホッ……」

 また咳きをするユーリウスに、やっぱり病気なのでは? と眉根を寄せる。

「まさかとは思うが、売るつもりではないだろうな」

「えっと、一応参考までに確認しておこうと思いまして」

 人様からの頂き物を売るなど普通なら考えられないが、何しろユーリウスからの贈り物だ。
 一見何の変哲もない高価そうなネックレスだが、もしかしたら曰く付きとかで呪われたりするかも知れない。それならさっさと売ってお金に替えるのが得策だろう。臨時収入だわ! と内心浮かれるがーー

「絶対に売るな、手放すな。もしそんな事をしたら、畑は許可しない」

「⁉︎」

 この後に及んで条件を追加するなんて、なんてクズな、クズ過ぎるっ‼︎
 だが背に腹はかえられぬ……とエレノラは「臨時収入が……呪われる……」と涙を呑みながら大人しく受け取った。

「後これは……」

 次どんな呪物を出すつもりだと身構えていると、ユーリウスは意外な物を出してきた。

「え、これって、チーズですよね?」

「ああ、そうだ。しかも一級品で手に入れるのが難しい代物だ。これはその、ネズミにくれてやろう」

 形はチーズだが、表面が青いまだら模様がある。エレノラは初めて見るが、どうやら高級チーズらしい。
 
 ユーリウスはいつもながらに偉そうにそう言うと、チョーネクタイを付けお茶会に参加していたミルに差し出す。
 ミルをお茶の席につれてくるのは初めてではないが、これまでユーリウスとの交流は皆無だ。
 いつもネズミネズミと蔑んでくるので、てっきり嫌っているとばかり思っていたが、まさかミルにまでお土産を買ってきてくれるとは思わなかった。
 いやだが、下剤の前例がある。
 あの後、特にユーリウスに変化はなかったが……やはり警戒すべきだ。

「待って下さい! そんな得体の知れない物をミルに与えないで下さい」

「それなら、毒味をすればいい」

「え……」

 エレノラが慌てて止めると、彼はチーズの欠片を自らの口に入れた。
 そしてゆっくりと味わうように咀嚼し飲み込んだが、特に変化は見られない。
 その様子を見て考え過ぎだったと脱力した。


シュウ……?

 仕切り直して、彼は再びミルにチーズを差し出した。
 人見知りの激しいミルは、ユーリウスを警戒しながらも興味があるようで側に寄る。そしてユーリウスから恐る恐るチーズを受け取り齧り付いた瞬間、身体をビクリとさせて固まった。

「ミル⁉︎」

 まさか毒⁉︎
 エレノラは勢いよく立ち上がる。
 完全に油断した。まさか狙いがミルだったとはーー
 
「ユーリウス様っ、ミルに一体何を」

 食べさせたのかと問い詰めようとしたその時、ミルはハッとして意識を取り戻す。そして、ユーリウスを睨み「シュウ‼︎」と怒りながら彼の指に勢いよく齧りついた。

「痛っ‼︎」

シュウ‼︎

 プイッと背を向けると、エレノラの元へと無事帰還した。

「ミル、大丈夫なの⁉︎」

シュウ〜……

「良かった……」

 そっとミルを手で包み込むと、擦り寄ってきた。
 そしてミルを苦しめた犯人(クズ)は、余程痛かったらしく悶絶していた。
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