有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

三十九話〜悶々〜


 
 テーブルの上に置かれている小さな箱と紙包を見てようやく届いたかと息を吐く。
 ネックレスは直ぐに手に入ったが、チーズの手配に時間が掛かってしまった。だがこれで芋娘延いてはネズミ延いては芋娘からの好感度は格段に上がるだろうと鼻を鳴らしたーーのが昨日の事だ。
 
 ユーリウスは、自らの左手を見て深いため息を吐いた。
 人差し指には包帯が痛々しい程大袈裟にグルグル巻きにされている。
 今朝仕事の為に登城すれば、ユーリウスの手元を見たアンセイムから「子猫に噛まれたのかい?」と笑われた。だが笑われた事より、芋娘の事を言っているのだろうと思うとそこに苛立ちを覚えた。

(それよりも、何故こうなった⁉︎)

 ここ最近、恒例となっていたエレノラとのお茶の席で、贈り物を渡すタイミングを窺っていると、エレノラは「風邪ですか?」などと的外れな事を聞いてきた。察しが悪過ぎて苛つきながらもどうにか手渡す事に成功をする。
 だがネックレスを渡し胸を撫で下ろしたのも束の間、芋娘が事もあろうに早速売ろうとしている事に気付き愕然とした。
 急遽手配した故、確かに既製品ではあったが価値はそれなりにある筈だ。もしかしてデザインが気に入らなかったのか? それとも宝石の種類か……?
 これまで女性への贈り物は全てスチュアートに手配させてきたが、皆一様に嬉々として受けとり特に問題はなかった。なのに何故だ……。
 いや、そもそもあの芋娘を普通の貴族令嬢と比較する事自体が間違っている。何しろ庭に畑を作ろうと目論む奇人だ。
 お茶の席に同席する事を条件に許可は出したが、正直憂鬱でしかない。

(帰宅して庭を見れば、書類上とはいえ自分の妻が、この私ユーリウス・ブロンダンの妻が! 全身土まみれになりながら、へらへら笑い畑を耕しているなど……想像しただけで目眩がしてくる)

 ネックレスを売る事はどうにか阻止したが、反応がいまいちだったので釈然としない。
 エレノラへの贈り物は、もっと別の物を考えた方が良いだろう。

 その後、挽回してやるとばかりに意気込み紙包を手に取ると、例のネズミにチーズを与える。だが一口齧ると目を見開いたまま固まり微動だにしなくなる。そして、意識を取り戻したネズミは生意気にもこちらを睨むと豪快にユーリウスの左人差し指に噛みついた。

(チーズといえばブルーチーズだろう。その中でも一級品と呼ばれる物を用意した筈だが、何が気に入らなかったんだ……)

 昨夜の事を思い出し、何度目か分からないため息を吐いた。

(これも全て、ネズミがチーズが好きだと言ったセルジュのせいだ)

 次に会ったら文句の一つでも言ってやろうと内心腹を立てながら城内の廊下を歩いて行く。
 仕事を終えたユーリウスは、帰宅しようと馬車に乗り込もうとするが不意に背後から呼び止められた。

「ユーリウス様」

 聞き慣れた声に振り返ると、そこにはフラヴィの姿があった。
 ここ最近は愛人の誰とも約束はしていない。無論フラヴィともだ。
 予想外の人物の登場に眉を上げる。

「フラヴィ、どうしたんだ、こんな所で」

「あの、ここの所ユーリウス様が何方ともお会いなさってないので、どうされたのかと心配になりまして」

 流石フラヴィだ、耳が早い。
 愛人達を上手く取り仕切ってくれているだけの事はある。

「それに、お会いしても様子がおかしかったと……」

 その言葉に思わず口元が引き攣りそうになった。
 萎えてしまったなどと絶対に知られてはならない。そんな事、男としての矜持が許さない。

「少し、疲れていただけだ、多忙でな」

 取り繕いその場を後にしようとするが、フラヴィに腕を掴まれた。

「ユーリウス様、お待ち下さい。折角お会いしたのですから、今宵は私にユーリウス様の疲れを癒やさせて下さい」

 上目遣いで見てくる緑色の瞳が懇願するように揺れている。波打つ金色の髪はいつ見ても美しいと思った。

「フラヴィ」

 彼女の手に触れ名前を呼ぶと花が綻んだように微笑む。
 やはりフラヴィはあんな芋娘とは違う。
 気遣いもでき華があり、お淑やかで完璧な女性だ。
 ユーリウスはフラヴィの手を引き、自分の馬車に乗せた。
< 40 / 105 >

この作品をシェア

pagetop