有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

四十話〜期待〜



「ユーリウス様、流石に非常識です……」

 屋敷に帰宅したユーリウスは、例の如くいつもお茶をしている応接間にエレノラを呼び出した。
 暫くすると頭にナイトキャップを被ったエレノラが頗る迷惑そうな顔で部屋に入ってきた。
 長い上着で隠しているが、その下は恐らく夜着であり正に寝る直前だった事が窺える。それはそうだろう、何しろ時計を見れば間も無く日を跨ごうとしているのだ。
 それにしても、普通夜着を着ているのだから少しは色香を感じても良さそうだが、夜着姿まで芋っぽいとは……。
 先程まで一緒にいたフラヴィとは大違いだ。

「夫を出迎えるのは妻の役目だろう」

 適当な言い訳が思い付かず、そんな言葉が口を衝いて出た。
 するとエレノラは案の定不満気に口を尖らせる。

「本日の営業は終了しました。ご用があるなら、明日にして下さい」

(何だと、営業? 終了しただと⁉︎)

 余程眠いのか、いつもに増して言動が雑だ。
 呆気に取られている間にエレノラは頭を下げると、さっさと部屋から出て行こうとする。

「待て、私はまだ下がっていいとは一言も言っていない」

「……」

 引き止めると無言でソファーに座った。そして、こちらを半目で見てくる。聞いてやるからさっさと話せと言われている気がして苛っとするが、こんな時間に呼びつけた自分にも非があるので致し方がない。

「今夜は、その……私が遅くなってしまったせいでお茶が出来ず、すまなかった」

 エレノラを呼んだ理由など特にない。
 理由はないが、顔を見て声を聞こうと思っただけだ。
 だが、取り敢えず怪しまれないように、取り繕うように謝罪を口にする。

 すると突然エレノラは立ち上がると、覚束ない足取りでこちらへと近付いてきた。そしてユーリウスの顔を覗き込む。すみれ色の瞳が直ぐ目の前にある。酒を飲み過ぎた為か、心臓が煩く脈打つ気がした。思わず喉を鳴らす。
 
「愛人の方々とお会いしていたんですよね?」

「あ、いや……」

「甘い香水の匂いがします」

 これまでエレノラからそんな事を指摘された事がなかったので、ユーリウスは戸惑う。
 別に事実なのだから、これまで同様堂々としていればいい。
 エレノラは所詮書類上の妻だ。文句など言わせない。そう思うが、何故か何の反論も出来ず黙り込んだ。

「ああ別に怒ってるとか気にしているとかは全くありません。私は書類上の妻ですから、お好きにして下さい」

「ーー」

「なので、こんな時間に呼び出してまで謝らなくて結構ですよ」

 それだけ言うと、エレノラは「失礼します」と頭を下げると部屋から出て行ってしまった。
 残されたユーリウスは一気に酔いも覚め、引き止めようとして立ち上がるも結局動けずにそのまま立ち尽くすしかなかった。



 数時間前ーー城を出た後、フラヴィといつもの屋敷でいつも通りに過ごした。食事を済ませ、湯浴みの後はベッドに……と思ったが、今夜はベッドにすら上がる気もおきず情けないが、フラヴィには「疲れている」と言って謝罪した。
 この期に及んで何もしない自分が信じられず、嫌悪感すら覚える。
 だが萎えてしまったものはどうにもならない。
 しないのなら用はないと直ぐに帰り支度をするが、フラヴィから今夜はもう少し一緒にいたいと言われたので、連れてきた手前仕方なく付き合う事にした。

 ソファーに座ると、すかさずフラヴィがしなだれかかる。
 いつもはそんな彼女の振る舞いが好ましく感じるが、今は何故か煩わしいとさえ思えた。

 ワインを飲みながらフラヴィの話を適当に聞くが、正直興味はない。
 内容は社交界での噂話ばかりで、どこぞの家の令息や令嬢が失態をした事や、性格が悪い、モテないなど悪態ばかりだ。ただフラヴィに限らず、これは他の女性達も同じなので、仕方がないと受け流すしかない。満足すればその内勝手に話し終えるだろう。
 
『普通の女性ではない女性は、どんな物を贈れば喜ぶか分かるか?』

 フラヴィは満足したのか暫し口を噤む。
 その様子を見て、不意にそんな質問をした。
 正直、自分でも何を言っているんだと思うが、同性同士なら分かるかも知れないと気付けば口を衝いて出た。

『……それは、何方の事ですか?』

『妻、ではなく芋娘の事だ』

『っ……』

 思わず妻と口走り咳払いをする。
 書類上の妻ではあるが、あんな芋娘を妻などと称すなどユーリウスの沽券に関わる。

『フラヴィ?』

 黙り込み俯いたフラヴィを訝しげに見るが、彼女は顔を上げると微笑んだ。

『あら、お芋様の事でしたか。そうですね、お芋様は特殊ですから……。彼女、野山を駆け回ったり、土とか畑などがとてもお似合いになりそうですよね。そうですわ、ジョウロとかは如何ですか? 楽しそうに水遣りをする姿が目に浮かぶようですわ』

 余り期待はしていなかったが、フラヴィの的確な返答に関心をする。
 
『なるほど、それは良い案だ。参考にしてみよう』

『お役に立てて嬉しいですわ。それで、ユーリウス様、あの……』

『もうこんな時間か』

 ふと時計を確認すると、思ったより長居をしてしまったとユーリウスは立ち上がった。

『フラヴィ、屋敷まで送ろう』

『……ありがとうございます』

 フラヴィを送り届け自邸へ向かう道中、脳裏にはエレノラがジョウロを手にして喜ぶ姿が浮かんだ。
 昨日は失敗してしまったが、これなら絶対に気に入る筈だ。早速、スチュアートに手配を……と考え思い直す。

(いや、たまには自分でするのも悪くない)



 そんな風に考えていた。
 ユーリウスはエレノラが出て行った扉を呆然と見つめ、先程の彼女の様子を思い出す。

『私は書類上の妻ですから、お好きにして下さい』

 自分でもそう思っているのに、エレノラの口からそう言われた瞬間、何故かショックを受けた。

(私は、何を期待していたんだ……)

 先程まで煩く脈打っていた心臓が今はズキズキと痛む気がした。
< 41 / 105 >

この作品をシェア

pagetop