有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

四十一話〜再び〜



 眠りかけていた時、部屋の扉を叩く音がして目を開けた。ベッドから上半身だけ起こすと、申し訳なさげなボニーが入ってくる。

「実は、若奥様がまだ起きていらっしゃったら応接間にきて欲しいと若旦那様が……」

 話を聞けばどうやらユーリウス(クズ)が呼んでいるらしい……こんな時間に。流石だ。


 今日は久々に帰りが遅くて内心喜んでいたのに、最悪だ。
 眠りに入る直前だった為眠くて仕方がない。
 だが呼び出しを無視したら、ヘソを曲げて畑は作らせない! とでも言いだしそうだ。何しろ前例がある。
 エレノラはため息を吐くとベッドから出た。
 着替えるのも面倒なので、身体をすっぽり覆える上着を羽織り覚束ない足取りで部屋を出た。


 翌朝、エレノラは欠伸をしながら食堂へ向かっていた。
 昨夜遅く帰宅したユーリウスからの呼び出し理由はとてつもなく下らなかった。
 お茶会が出来なかった事への謝罪だったが、何故謝罪されたのかが謎だ。
 そもそも罰だ何だと言いながら、お茶をすると言い出したのはユーリウス自身であり、エレノラが頼んだ訳ではないので謝られる謂れはない。いや寧ろ自分で決めた事だから申し訳ないと思ったとか……?
 
(ないない! 絶対ある筈ない!)

 あのクズ男が申し訳ないと思うとか天変地異でも起こりそうだ。縁起が悪い……。
 きっとお酒の匂いがしたし酔っていたのだろう。どちらにしても迷惑なクズ男だ。いやクズだから迷惑なのか? それとも迷惑だからクズなのか……? 一つ言える事は、この考えている時間が不毛だという事だ……間違いない。

 そういえばユーリウスからは、女性物と思われる甘い香水の香りもした。

(やっぱり、愛人欠乏症が発症したのね)

 ここ最近、愛人と会っていなかったみたいなので耐え切れず会いに行ったに違いない。所謂禁断症状といった所だろう。
 そんなになるくらいなら会いに行けば良かったのではと呆れる。まさか今更エレノラに遠慮している訳ではあるまいに。だが一応「お好きにして下さい」と気持ちは伝えて置いた。自尊心の塊のようなユーリウスは、きっとこれで今日から帰りが遅くなる筈だ。間違いない。

 何はともあれ、ユーリウスとのお茶会も残す事後数日。これでようやく畑が作れる。
 畑が出来たらアレを植えてアレも植えて……妄想(ゆめ)が広がるとニヤけてしまう。
 
 だがその前に肝心な物を用意しなくてはならない、種だ。
 本当は野山で種を採取したい所だが、種の採取は薬草ごとに時期も決まっており中々に難しい。なのでやはり専門の店で入手するしかないだろう。
 出費は痛いが、こればかりは必要経費なので致し方がない。
 今日これから早速店探しに街へ行く事に決めた。




 その日のお昼頃、エレノラは街の外れにあるとある小屋の前にいた。
 そこは小さな診療所だった。

 街へ出掛けたエレノラは、通り縋りの人や店に入り色々と聞いて回ってみたが、薬草の種を入手出来そうな店は見つけられなかった。
 薬屋は何軒か見かけたが、恐らく教えてくれないだろう。まだ店すらないが、将来の競争相手にわざわざ助言をしてくれる奇特な人間などいない。
 だが診療所なら可能性はある。それに上手くいけば営業になるかもと下心もあったり……。

「すみません、何方かいらっしゃいませんか?」

 扉を開け中へと入ってみるが、患者は疎か医師の姿もない。

「誰もいないみたい……」

 何度か呼び掛けてみるも人の気配はなかった。
 仕方がない出直すかと踵を返し、扉を開けようとした時ーー

「これは運命かな」

「‼︎」

 背後から声がして、思わず身体をビクリとさせる。

「え、アンセイム様⁉︎」

 勢いよく振り返れば、そこにはまさかのアンセイムが立っていた。


「ありがとうございます、ではなく、私がやります!」

 暫し呆然としていると奥に連れて行かれ言われるがままに椅子に座った。すると当然のようにお茶を出してくれたが、そこで我に返る。
 幾ら何でも王太子にお茶を淹れさせるなんて不敬だ。誰かに知られでもしたら首をチョンされてもおかしくない!

「いいんだ、僕がやりたいんだから。それよりクッキーもあるよ、食べるかい?」

「はい、勿論です! あ……」

 つい即答してしまい、慌てて口を閉じる。

「はは、本当に素直な女性(ひと)だ。そこの君は、ナッツで大丈夫かな?」

シュウ?

 エレノラの肩に乗っていたミルに声を掛けると、アンセイムはナッツの入った皿をテーブルに置く。
 するとミルは少し様子を窺いながらテーブルへ降りた。だがチラチラとアンセイムへ視線をやり警戒をしている。
 恐らく先日のユーリウスから出されたチーズの影響で、いつも以上に警戒心が高まっているのだろう。
 今思い出すだけで腹が立つ。
 後でボニーに確認した所、あれはブルーチーズだった。現物を見るのが初めてだったので全く分からなかった……。
 確かに高級品ではあるが、そんな事は関係ない! あんなカビ入りチーズをうちのミルに食べさせるなんて許せない!

「ミル、大丈夫よ。アンセイム様は誠実な方だから、食べても問題ないわ」

シュウ!

 エレノラの言葉に反応したミルは、ナッツを掴むとモグモグと頬張り始めた。
 その様子にアンセイムは首を傾げていたが、流石に先日の事を話すのは気が引けたので笑って誤魔化す。

「ーーという訳で、この診療所を訪ねたんです」

 二人と一匹でお茶をしながら、ここにきた経緯を簡単に説明をした。

「それでアンセイム様はどうしてこちらに……」

 まさかまた出会すとは思わなかった。しかも街の小さな診療所でだ。

「実はこの診療所の主人と個人的な知り合いで、たまに様子を見にきているんだ。今日は用事があって出掛けるっていうから、留守を頼まれてね」

 王太子に留守を頼むなんて一体どんな人なのか……など色々と気にはなるが、それよりもこれはチャンスなのでは? と期待に胸が膨らむ。
 アンセイムに口利きをして貰えれば、薬草の種の入手経路はもとより、薬の販売を始めた際にはお得意様になって貰えるかも知れない。
 それなら当面は店を構えなくてもどうにかなりそうだ。

「アンセイム様、大切なお話が」

 エレノラが居住まいを正し深刻な面持ちで口を開いた時、診療所の扉が開く音が聞こえた。
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