有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

四十四話〜顔〜



 あれからクロエの紹介で薬草の種を沢山、しかも格安で手に入れる事が出来た。
 これは早々に畑を耕して種を植えなくてはならないと、やる気がみなぎる。
 ただ薬草が成長するまでには時間が掛かる。
 時は金なりというのに、時間が勿体無い! と思っていたがクロエからの条件が提示され状況は一変した。

 クロエからの条件その一。
 診療所の留守番。
 クロエは直接赴いて診察しているそうなので、基本的に患者が来る事はないが、窓を開けて部屋に風を入れたりちょっとした片付け、裏庭の畑へ水遣りをする。

 クロエからの条件その二。
 薬の調合。
 実はクロエは裏庭で薬草を栽培して自ら薬の調合を行っていて、不足分は他所で買い付けているらしい。
 ただ最近診察に忙しく手が回らないので、そのお手伝い。
 そして更にその不足分は、今後エレノラから購入してくれると約束をしてくれた。


 あれから数日、そんな理由からエレノラは毎日診療所に通っている。
 屋敷でお茶をしたり読書をしてのんびり過ごすのも悪くはないが、やはり身体を動かしている方が性に合ってる気がする。
 それに留守番や薬の調合を手伝った分はなんと給金を出してくれるので、至れり尽くせりだ。

「最近、毎日何処へ出掛けているんだ」

「え……」

 ユーリウスの声に我に返った。
 暫し意識を飛ばしていたが、そういえば今はまだお茶会の最中だった。
 だが彼とのお茶会もこれで最後となる。

「ヨーゼフを撒いてまで何処で何をしている?」

 若干語弊があるのだが、訂正すると墓穴を掘りそうなので黙っている事にする。
 言い訳ではないが、診療所に初めて行った日は意図せずヨーゼフと逸れてしまった。
 夢中になって種の入手経路を聞き回っている内に、気付いたらヨーゼフの姿はなかった。
 その時は、まあ彼も子供ではないので一人で帰れるだろう、監視役から解放されて身軽だわ! くらいにしか考えていなかった。ただ結果として良かった。ヨーゼフに例の話を聞かれて報告でもされたら流石にまずい……。
 だがその翌日からは、街に到着後ヨーゼフをワザと撒いている。
 あれからアンセイムとは顔を合わせていないが、クロエの話では気まぐれなのでいつ診療所に姿を現すかは分からないとの事だ。
 彼がお忍びできている事はユーリウスにバレたらまずいらしいので、そのためユーリウス(クズ)の手下であるヨーゼフを連れて行く訳にはいかない。

(アンセイム様は良い人だし、こんなクズ男から説教をされるとか可哀想だもの)

 なのでヨーゼフには申し訳ないが、街に着いたら全力で逃げている。
 
「私が何処で何をしようが、ユーリウス様には関係ありません」

「何だと?」

「私に構わないで下さい」

 数日前に、愛人欠乏症を発症して帰りが遅くなったが、それ以降はまた帰宅時間が早くなった。
 おかしい。
 エレノラからの気持ちは伝えたので、以前のように帰りが遅くなる予定だったのに……。
 しかも顔を合わせる度に「今日は何をしていた?」とやたらと聞いてくるようになった。
 きっとエレノラが何かやらかしてユーリウス延いてはブロンダン家の名誉に傷をつけないか心配なのだろう。相変わらず失礼なクズだ。いやクズだから失礼なのか……? 悩ましい。

「私は君の夫なんだぞ」

 突っぱねるが、意外としつこいユーリウスは食い下がってくる。
 面倒だと思いながら視線を向けると怒った様子のユーリウスと目が合った。だがその顔は意外にも怒りより悲しそうに見えた。
 
「ユーリウス様」

「何だ、今は私が話を」

「お顔が間違っていますよ」

「は? 顔が間違っている?」

「はい。だって、今怒っているんですよね?」

「そんな事まで一々言わないと分からないのか」

 苛々した様子でやはり声色も怒っているが、顔はーー

「でも、悲しそうなお顔をしています」

「っーー」

 エレノラの指摘にユーリウスは黙り込むと突然立ち上がった。
 珍しく俯き加減で表情は見えない。

「ユーリウス様?」

「……お茶の時間は、これで終わりだ。庭は好きにすれば良い」

 いつもとは少し様子がおかしいユーリウスに、エレノラは目を丸くしながらもお礼を述べた。



「もしかして、愛人の誰かと仲違いでもしたのかしら?」

 ユーリウスが居なくなり、エレノラは一人残ったお茶を飲み干した。無論、勿体無いので残ったお菓子も全て平らげながらそんな風に思った。
 


 
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