有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

四十六話〜王太子のお茶会〜





 あれから正式にアンセイムからお茶会への招待状が届いた。
 そして一週間後のお茶会当日ーー
 


 支度を終えたユーリウスは一人馬車に乗り込み、とある場所を目指す。程なくして着いた先はドニエ侯爵家の屋敷だった。

「ユーリウス様、お芋様は宜しいのですか?」

 フラヴィを馬車に乗せると城へと向かう。

「構わない」

「ふふ、可哀想なお芋様」

 本来ならば夫婦揃って行くべきだが、愛しい男と会える事を心待ちにしているエレノラを想像するだけで苛々する。こんな状態で二人で馬車になど乗れない。
 いやそもそも淑女のフラヴィにはエスコートが必要だが、芋娘にエスコートなど不要だろう。

「でもまさか、王太子殿下にお茶会のご招待を頂けるとは思いませんでしたわ。それもユーリウス様とお芋様までご一緒なんて」

「あの方は気まぐれな方だ。深い意味はない」

 フラヴィにはアンセイムの思惑は絶対に知られたくない。面倒ごとになるに決まっていると適当に誤魔化した。


 程なくして城へ到着をすると、ユーリウス達は指定されていた中庭へと向かう。
 すると中庭のガゼボには既にお茶会のセッティングがされていた。だが肝心のアンセイムの姿はない。エレノラもまだ来ていないようだった。

 執事に案内され先に席に座ると、アンセイムがエレノラを連れて颯爽と現れた。

「待たせたね」

「ご機嫌よう、殿下。本日はお招き頂きましてありがとうございます。あら、エレノラ様とご一緒なのですね」

「エレノラ嬢が迷わないように迎えに行っていたんだ」

 アンセイムに手を引かれたエレノラは、すみれ色のドレスを身に纏い、いつも無造作に編み込まれている髪は綺麗に纏め上げ髪飾りで飾られていた。思わず目が釘付けになる。可憐だと呆然と思った。
 その隣でエレノラを見るアンセイムは満足そうに笑みを浮かべている。その瞳を見て、そういえば彼もまたすみれ色の瞳をしていたと思い出す。エレノラがいなければ、わざわざそんな事を考えたりもしなかっただろう。

(夫である私も出席するお茶会に、他の男の瞳の色のドレスをこれ見よがしに着てくるとは……)

 こんな滑稽な事があるかと自嘲する他ない。
 それにユーリウスとのお茶会の時とはまるで違うエレノラの装いに、やはり愛する男に会う時にはこんなにも着飾るものなのだと思い知らされた。



「今日は私がお茶を振る舞おう」

 席に着くとアンセイムはそんな事を言いながら順番にカップにお茶を注いでいく。
 円卓のテーブルには、ユーリウスの右側にエレノラが座り、その隣にはアンセイム、更にその隣にフラヴィが座りユーリウスに戻る形で座った。
 主君に妻、愛人……改めて妙な顔触れだと思う。無論居心地は良い筈がない。
 アンセイムは一人楽しそうにしているが、フラヴィはあからさまにエレノラを視界に入らないようにしているし、エレノラは連れてきたネズミと戯れている。
 正式にネズミにまで招待状を出したと聞いた時は、気でも触れたのかと本気で思った。


 全てのカップにお茶が注がれ、フラヴィがカップに口を付けようと手にするも何故かテーブルの上へと戻した。

「おや、フラヴィ嬢、もしかして僕が淹れたお茶は口に合わないかな?」

「い、いえ、そんな……」

 俯き加減になり青い顔をしている。
 一体どうしたのかと怪訝に思っていると、彼女のカップの中に虫が入れられてるのが視界に入った。

(なるほど)

 これはエレノラへされた事への意趣返しだと直ぐに分かった。実に下らないと呆れる。
 フラヴィからは懇願するような視線を向けられるが、正直自業自得としか言いようがなく庇うつもりない。
 ユーリウスは素知らぬフリをして、カップに口を付けた。

 そんな時、どうする事も出来ずに俯いたままのフラヴィにようやく気付いたエレノラは、何を思ったか立ち上がるとフラヴィの元へ行く。そしてーー

「フラヴィ様のお茶の方が美味しそうなので、私のものと交換して下さい」

 突拍子もない事を言った。

「え……」

 その言葉に、言われたフラヴィのみならずユーリウスもアンセイムも目を見張る。
 そんな中、返事も待たずにエレノラは自分のカップを持ってくると勝手に交換してしまった。

(まさか、フラヴィを助けたのか……)

 自分の夫の愛人を。しかも、以前その愛人から同様の嫌がらせを受けたのにも拘らずだ、信じられない。

「エレノラ嬢、お茶が冷めてしまっているだろうから新しく淹れよう」

 何となしにアンセイムがそう言うと、控えていた執事がエレノラのカップを回収しようとする。だがそれを彼女は制止した。

「いえ、冷たいお茶も好きなので結構です。ミル」

 テーブルの上に設置された明らかに違和感のある空間。
 小さな籠の中にはクッションが入れられ、その上にはネズミが座っている。
 そしてその前には、山のようなフルーツやナッツが供物の如く積まれていた。
 エレノラがネズミを呼ぶと、ポテポテとやってくる。

「はい、あ〜ん」

シュウ!

 そしてカップの中からスプーンで掬い上げた虫をネズミに食べさせた。
 以前は遠目だったが、目の前で見ると異様さに拍車が掛かって見える。
 アンセイムへ視線を向ければ、一見いつもと変わった様子はないが僅かに口元に力が入ってるのが分かった。
 エレノラの為にフラヴィに一泡吹かせるつもりが、そのエレノラに邪魔をされたのだからバツが悪いのだろう。
 その時だった。虫が入っていたお茶をエレノラが当たり前のように飲もうとするのが見えた。

(何の冗談だ⁉︎)

 幾ら虫を取り除いたとはいえあり得ない。
 流石の芋娘でも、お腹を壊すかも知れない。
 以前地面に落ちたパンを拾い食いしようとしていたが、それよりも状況は深刻だ。

「エレノラじょーー」

 エレノラの奇行に同じく気が付いたアンセイムが目を見張り声を上げたと同時に、ユーリウスはエレノラからカップを奪い、カップの中身を飲み干した。

「ユーリウス様⁉︎」

 間の抜けたエレノラの声と共に、アンセイムとフラヴィからの訝しげな視線が突き刺さる。
 気でも触れたのかと言いたげだが、そんな事は自分が一番思っている。
 だがカップを取り上げただけでは、また勿体ないだなんだと騒ぎ立てるのは目に見えていた。それならユーリウスがこの虫のエキスが染み出たお茶を飲み干す、一択しかない。

「失敬、余りにも喉が渇いていたんだ」

「それならご自分でお代わりをお願いして下さい」

 ユーリウスの下らない言い訳にエレノラは口を尖らせながら文句を言ってくるが、その顔は心配しているようにも見えた。

「仕方がないだろう、我慢出来なかったんだ」

「うちの弟達でも我慢くらい出来ます」

 呆れたように話すエレノラと目が合うと笑われるが、不思議と嫌な気は全くしなかった。

 最近、ずっとモヤモヤとしていたが、他の誰でもない自分へ向けられた彼女の笑顔に気持ちが少し軽くなるのを感じた。
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