有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
四十九話〜昇天寸前〜
(クズの癖に善人ぶるから)
エレノラは青白い顔で向かい側に座っているユーリウスを見て苦笑した。
あの後、微妙な空気の中、取り敢えずお茶会は続いた。
フラヴィは黙り込み何故かこちらを睨み付けてくるし、アンセイムは懲りずにまたお茶を淹れようとするし、そんな中ユーリウスはといえば暫くは不機嫌そうに座っていたが徐々に顔色が悪くなっていった。
『そろそろお開きにしようか』
ユーリウスの異変に気付いたアンセイムが予定より早くお茶会を切り上げたまでは良かったがーー
『エレノラ嬢、屋敷まで送るよ』
誰がどう見ても付き添いが必要なのはユーリウスだ。なのにも拘らず、アンセイムは顔色の悪いユーリウスを尻目に笑顔でそんな事を言ってのける。
『ユーリウス様、私がお送り致しますわ』
その一方でフラヴィはユーリウスの付き添いを申し出た。そしてエレノラへ勝ち誇った笑みを向けながら青白い顔のユーリウスの腕に纏わり付く。
あ、この二人ダメだ。
率直に感じた。
アンセイムは論外だし、フラヴィは気遣いながらも明らかに負担を掛けている。
そんな様子を見て二人共、本当はユーリウスが嫌いなのでは? と思ってしまう。
いやまあクズが好きな人間はいないだろうが……。
だがクズはクズなりに人間関係を構築してきた訳で、その結果偽善者の上司と意地悪な愛人達がいる。
そしてその二人は全く役に立ちそうにない。寧ろ嫌われている可能性まで浮上した。
『……』
普通に考えてクズ男の世話などごめんではあるが、原因の一端がエレノラにあるのも事実だ。このまま放置して昇天でもされたら目覚めが悪い。というか、まだ挙式も挙げてないのに借金が返せない!
『あ! アンナ所ニ大キナ黄金虫ガ!』
棒読みで言いながらアンセイムとフラヴィの後ろを指差すと、二人は同時に振り返った。
その隙にフラヴィからユーリウスを強奪しようとする。
『何をするんですの⁉︎ ユーリウス様は私が』
だがそれに気付いフラヴィがユーリウスの腕を掴んで離さない。しかもユーリウスの身体をグイグイと引っ張り揺らす。
『あらフラヴィ様、肩に黄金虫の子供が……』
『い、嫌‼︎』
その瞬間、彼女は慌てふためきながら自身の肩周りを払う。
『と思ったら、埃でした。アンセイム様、本日はお招きありがとうございました! では、私達はこれで失礼致します!』
手を離した隙をつき、俊敏な動きで頭を下げて簡単な挨拶をする。そして踵を返すとそのまま逃げるように退散をした。
(明日は全身筋肉痛だわ……)
馬車までユーリウスに肩を貸して歩いてきたのはいいが、これが思った以上に重労働だった。
ユーリウスはエレノラよりも頭一個分背は高いが、細身なので大した事はないだろうと思ったのに、見た目より遥かに重くお陰でヘトヘトになってしまった。
「大丈夫ですか?」
ようやく馬車まで辿り着き乗る事が出来たが、ユーリウスの体調は更に悪くなったようにみえる。
窓に凭れ掛かりだらし無く口を半開きにして目は虚ろだ。このままでは口から魂が抜け出そうだと本気で思う。
(薬の調合は出来ても、魂の戻し方なんて知らないんだけど……)
流石に専門外だ。
屋敷に着いたら医師と一緒に霊媒師も呼んだ方がいいかも知れないなどと悩む。
ふと窓の外を確認すると屋敷まではもう少し時間が掛かりそうだ。
「……」
今にも昇天しそうなユーリウスを改めて眺めため息を吐くと、立ち上がり彼の隣に座り直す。
「ユーリウス様、ここに頭を載せて下さい」
エレノラは自身の太ももを軽く叩く。所謂膝枕だ。
「…………なんの、冗談だ。私に、そんな所に、頭をつけて、横になれと、言うつもりか……」
青白い顔のまま睨まれ、更に辿々しいが憎まれ口まで叩く様子に呆れる。
「はいはい、自尊心が高いのは分かりましたから、さっさと横になって下さいねー」
「だから、私はーーっ」
身体に力が入らないのか、腕を引っ張るといとも簡単に倒れてきた。そしてそのまま彼の頭を膝の上に載せる。
「着いたら起こしますから、黙って寝てて下さい」
「っーー」
何か言いたげな目を向けてくるので、ユーリウスの目を手で覆い隠した。すると諦めたのか、大人しくなり程なくして微かな寝息が聞こえてきた。