有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
五十四話〜語彙力〜
屋敷の庭の畑がようやく完成し無事種蒔きまで終わり、エレノラはクロエの診療所へ行く前に水遣りをする事が日課になっていた。
「おはようございます」
「あ、ああ……」
そして最近、畑に水遣りをしていると良くユーリウスと出会す。
勿論無視をする訳にはいかないので挨拶をするが、相変わらず態度が悪い。仏頂面で「ああ」しか言わない。挨拶くらいまともに出来ないのだろうかと呆れる。
エレノラの弟達だって挨拶くらい出来るというのに。
「……あの、何かご用ですか?」
そして何をするでもなく水遣りをしているエレノラから少し離れた背後に立ち、更にこちらを穴が空きそうな程見てくる。
きっと何かしでかさないか見張っているのだろうが、流石にあからさま過ぎて居心地が悪い。
「私は散歩をしているだけだ」
(散歩って、止まってるけど……)
一歩も動いていないが、ユーリウスは散歩をしていると主張する。これも毎度の事だ。
「そろそろ出仕の時間だ」
極め付けは大きな独り言を言いながら何度も咳払いをする。
当初、風邪かと思い聞いてみたが違うらしいのでそれ以上追及をしていないが、一体何なんだろうと訝しげに思う。
「……いってらっしゃいませ」
「あ、ああ……」
時間だと言いながらも一歩も動かないユーリウスに促すように声を掛けると、彼はようやく立ち去った。
エレノラは診療所から戻るとそのまま畑の様子を見に庭へ行く。これも日課だ。
「あらユーリウス様、もうお戻りですか?」
「あ、ああ……」
するとまた、ユーリウスが出た。
この際帰りが早いのは置いておくとして、何故必ず庭にくるのだろうか。
確かに屋敷の構造上帰宅すると必ず庭は目に入るが、普通に通り過ぎて欲しい。
「……」
「……」
頗る居心地が悪い。
まだ畑には種を蒔いたばかりで当然芽は出ておらず特にする事もない。様子を見に来たのは畑が出来た事が嬉しくてつい覗きに来ているだけだ。
そんな中で、ユーリウスと二人とか気不味いに決まっている。一応少し離れた場所にヨーゼフはいるが、余り役には立たなそうだ。
「そ、そろそろ、お腹が空いてきたな」
また大きな独り言を言うと何度も咳払いをする。
「私はまだ空いていませんので、お先にどうぞ」
朝は何を言いたいのかよく分からなかったが、流石にこれくらいは分かる。
今から自分が食事をするから食堂に来るなという意味だろう。
実は最近ユーリウスの帰宅が早いせいか食事の時間が被る事がある。なのでこちらは気を利かせて時間をズラしてあげているというのに、わざわざ遠回しに言ってくるなんて嫌味な人間だ。
そんなに一緒に食事をしたくないのならハッキリ言って欲しい。回りくどいのは余り好きではない。
「い、い……」
「ユーリウス様?」
(い、い? とは一体……)
今度は一体どうしたのかとユーリウスを見れば、小さく何かを発しながらこちらを睨み付け身体を小刻みに震わせている。
だが全く怖くはない。
睨んでいる割に表情が困り顔に見えるからだろうか……。
エレノラはその光景に既視感を覚え頭をしぼった。
(う〜ん、何かこの感じ見覚えがある気がするのよね……あ!)
頭の中に浮かんだのは、子犬がプルプルと身体を震わせる姿だった。
昔、森で犬を拾った事を思い出した。
薬草を採っているといつの間にか後ろから一匹の子犬が後をついて来ていた。
周りを見ても飼い主も親犬もおらず、置いて帰るのが忍びなくて連れて帰ろうと手を差し出すとこんな感じでプルプル震えていた。
因みにその犬は、今でも屋敷で暮らしている。ぐうたら犬なので番犬にはならないが、今更なので諦めている。
「芋娘の癖に生意気だっ」
暫し思い出に浸っていたが、唐突な悪口に我に返った。
(え、どういう意味?)
ただ訳が分からず目を丸くする。
その間に、普段気取りながら歩いているユーリウスが逃げるように立ち去って行った。珍しい……。
そしてその後ろ姿はやはり子犬のようだった。
一人立ち尽くすエレノラは、最近になり語彙力が著しく低下したユーリウスについて考えてみる。
また愛人欠乏症となり情緒不安定なのだろうか?
相変わらず帰宅時間が早いしあり得る。
それなら面倒ではあるが「暫く帰ってこなくて良いですよ」と親切に伝えてあげた方が良いだろうか。
それとも高熱を出した時の後遺症とか? 可能性はある。そうなると後から責任云々言われそうだと悩む。
どちらにせよ治療が必要だ。
「明日、クロエ様に聞いてみよう」
ついでに、クズが治る薬がないか聞いてみるのも良いかも知れない。