有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

五十五話〜好きとは〜



「ユーリウス・ブロンダンの語彙力の低下の原因は病などではないと思う。私の知る限りそんな症状の病は聞いた事がない」

「そうですか」

「それに馬鹿とクズを治す薬はない」

「やっぱりないですよね」

 キッパリと言い切る姿にエレノラは苦笑いした。
 翌日、早速クロエに最近のユーリウスの行動を話してみたが、結局原因解明には至らなかった。

「では私はそろそろ出掛ける。エレノラ嬢、留守を頼む」

「はい、お任せ下さい。お気を付けていってらっしゃいませ」

 クロエを見送り、早速裏庭の畑の薬草達に水遣りをする。
 その後は今日調合する薬のリストを確認して、小屋の奥にある薬草の貯蔵庫から必要な種類と分量を持ってきた。
 
シュウ!

「ミル、悪戯しちゃダメよ」

 準備を終えて調合を始めるとミルが興味津々でテーブルに上がってきたので、回収してミル専用のクッションの敷かれたカゴの中に入れた。

「お仕事するから、大人しくしてて」

シュウ……。

 指で頭を撫でると少しいじけたように鳴く。
 暫くして寝息を立て始めたミルを横目にエレノラは作業を再開した。
 
「後はこれで最後ね」

 昼食を挟み作業を続けていると、気付けば夕方になっていた。そして後一息だと思った時、正面の扉が開く音がする。
 クロエが帰って来るにはまだ早いと首を傾げていると、とある人物が中へと入ってきた。

「やあ、エレノラ嬢」

「アンセイム様……」

 エレノラは突然の訪問者に戸惑った。


 作業をしながら座ってこちらを見ているアンセイムを盗み見る。
 彼を追い返す権利はエレノラにはないので気は重いが招き入れた。

「お疲れ様」

「あ、ありがとうございます……」

 程なくして作業が終わるとアンセイムがお茶を淹れてくれたが、思わず顔が引き攣る。

「大丈夫だよ、何も入っていないから」

 冗談混じりのアンセイムの言葉に苦笑した。

 向かい合って座ると、決して広い部屋ではないので必然的にアンセイムとの距離は近くなる。
 こうして顔を合わせるのはお茶会以来で気不味さを感じるが、彼はといえばいつもと何ら変わった様子はないように見えた。
 
「……あの、アンセイム様」

「何だい?」

 話し掛けると不意にすみれ色の瞳と目が合った。すると彼は目を細め優しい笑みを浮かべる。
 その事に少し躊躇うが思い切って口を開いた。

「お茶会の時に、どうしてあのような事をされたんですか?」

「……すまない、もしかして気分を害してしまったかい」

 眉根を寄せしおらしくなったアンセイムの意外な様子に目を見張る。
 てっきり開き直るかと思っていた。

「実は以前、エレノラ嬢がフラヴィ嬢から嫌がらせを受けた事を耳にして知っていたんだ。それでその仕返しをしようと……。だがまさかユーリウスがお茶を飲むなんて想定外だった。彼には本当に申し訳なかったと反省しているんだ」

 もしかしたらアンセイムはユーリウスを嫌っているのでは? とすら考えたが、項垂れている様子を見て考えを改めた。

「ユーリウス様に冷たくされたのは……」

「勿論あの時、ユーリウスの事は心配ではあったが少し気が動転してしまった。それに君という妻がいるのにも拘らず、わざわざ他の女性をエスコートする彼に憤りを感じていた事もある」

 そんな風に言われたら何も言えない。
 エレノラは全く気にしていなかったが、普通に考えたらあってはならない状況だ。
 アンセイムはエレノラの代わりに怒ってくれたという事になる。
 存外、悪い人ではないのかも知れない。

「私などの為にありがとうございます。ですが、人に嫌がらせをするのは絶対ダメです。お互いに良い気持ちにはならないですし、アンセイム様自身の評価を損ない兼ねない行為です。なので、もうしないで下さいね」

 正直、王太子である彼に説教をしているなど烏滸がましいを通り過ぎて不敬だとは思うが、弟達へ叱る時の癖でつい口が動いてしまう。
 だがアンセイムはエレノラの言葉に耳を傾け素直に頷いてくれた。

「分かった、約束する。だから、僕を嫌いにならないでくれるかい?」

 エレノラよりも一回りも年上だが、まるで捨てられた子犬のような目で見られちょっとキュンとしてしまう。
 だがその瞬間、ふと昨日の事を思い出した。
 ユーリウスも子犬のように見えたが、同じ子犬でも雲泥の差だ。
 あっちはまるで可愛くなかった。
 そしてユーリウス(クズ)を思い出したせいで、一気にしらけてしまう。

「嫌いになるなんてそんな、畏れ多いです」

「それなら僕の事は好き?」

「え……」

 予想外の質問にエレノラは固まった。
 何故そうなるのか。
 確かに嫌いの反対は好きかも知れないが、極端過ぎる。
 果たしてこの質問に正解はあるのだろうか……。
 相手は王太子だ。
 エレノラが好きとか嫌いとか言えるような立場ではない。
 仮に口が滑って嫌いなどと言った日には、首をチョンされそうだ。だからといって逆に好きと言っても問題な気がする。
 
(それならどうすればいいの⁉︎)

 急に訪れた絶体絶命のピンチにエレノラは内心頭を抱えた。
 視界を彷徨わせながらミルに助けを求めるが、昼食とオヤツをたらふく食べて爆睡中だ。

 好き? 好き。好き! 好き……頭の中で意味もなく繰り返すが当然気の利いた答えが出る筈もない。

 好きとは何ぞや……?

 頭が混乱して思考が停止する。そしてーー


「興味はあります!」

 悩み抜いた結果、最悪な返答をしてしまった。
 口に出してから後悔をする。

(好きかどうか聞かれたのに興味があるって何⁉︎ 私の馬鹿〜〜‼︎)

 ユーリウスの語彙力を気にしている場合ではなかった。自分の語彙力のなさに絶望した。
 

「あはは、やっぱり面白いな。国中探しても、僕の事をそんな風にいう人間などいないよ」

「面目次第もございません……」

 エレノラは恥ずかしくなり俯く。
 馬車馬に進化すると決めたが、今は芋に戻って穴に埋まりたい気分だ。

(誰か今すぐ(わたし)を裏庭の畑に埋めて〜〜‼︎)
 

「本当に可愛い女性(ひと)だ。でも、僕に興味を持ってくれて嬉しいな」

 
 エレノラは一人頭の中で悶絶していたが、彼の言葉に我に返り顔を上げた。
 するとテーブルに頬杖を付いたアンセイムがこちらへ手を伸ばしてくるのが見えた。突然の事に目を丸くして思わず制止する。
 そして後数センチでその手が頬に触れそうになった瞬間、アンセイムの顔を覆うように何かがペタリと張り付いた。

「ミル⁉︎ アンセイム様、大丈夫ですか⁉︎」

「少し驚いたけど問題ないよ」

シュウ‼︎

 いつの間にか目を覚ましたミルが、アンセイムの顔目掛けてダイブしたらしい。そして何故かご立腹だ。

「はは、どうやら君の小さな騎士に嫌われてしまったようだ」

 アンセイムはミルをそっと顔から剥がすと、テーブルの上に降ろす。
 怒っていないか焦るが、彼の様子からどうにか首チョンは免れたようだと胸を撫で下ろした。

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