有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
五十七話〜重症〜
数日後ーー
ユーリウスは今日は休日だ。
だがやはり朝から庭へと向かう。
色々と思う事があり少し気は重いが行かずにはいられない。
どんなにつれない態度を取られようとも、冷たくあしらわれようとも毎日彼女の顔を見て声を聞きたい……重症だ。
庭に出ればいつも通り挨拶をされ、その後は水遣りをするエレノラをただ眺めていた。
「それでは私はこれで」
水遣りを終えた彼女は早々に立ち去ろうとするので、慌てて声を掛ける。
「また、今日も出掛けるのか?」
「……ユーリウス様には関係ありません」
冷たく突き放すように言われ一瞬たじろぐが、ユーリウスはエレノラの前へと回り込み前方を塞いだ。
「退いて下さい」
「その前に質問に答えろ」
「……」
「答えられないのか?」
最近、エレノラ相手には上手く話せなかったというのに、こんな時だけ舌が回る自分に内心苦笑する。
「私に知られたら不都合な事でもあるからか?」
「……」
眉根を寄せ黙り込むエレノラの様子から後ろめたさを感じた。
答えられない理由は一つしかない。
(やはり、殿下に会いに行くのか……)
数日前、ヨーゼフからの報告で、エレノラとアンセイムが密会していたと聞いた。
そして昨日、アンセイムが明日は休みを取ると楽しげに話していた。その様子から察した。またエレノラに会いに行くのだろうと。
だが相手は王太子だ。
エレノラも無下に出来ず、仕方なく彼に付き合っている可能性もある。そうだと思いたかった。だが頑なに隠す様子から、彼女も満更ではないのだろう。それでも、行かせたくないーー
「そんなに心配されなくても、何か問題を起こしたりしませんから安心して下さい」
そんなユーリウスの気持ちなどつゆ知らず、彼女は口を尖らせ的外れな返答をする。
「私は君の夫なんだぞ。知る権利がーー」
「書類上のです」
言葉を言い終える前にそう言われた。
「っーー」
エレノラの事だ、嫌味などではなく事実を述べたに過ぎないと頭では理解している。だが、彼女の言葉が胸に冷たく突き刺さった。
情けないが事実に違いないので何も反論が出来ない。
「もう宜しいですか?」
「ああ……」
「失礼します」
今の自分に横を擦り抜けていく彼女を引き止める術はない。
ユーリウスはエレノラが去った後も暫くその場で呆然と立ち尽くしていたが、ふと我に返ると急いで自室へ戻り外出の支度をすると門へと向かう。そして馬に飛び乗り街へと向かった。
辿り着いた先は例の診療所だ。
書類上だろうが、彼女の夫は自分だ。
このまま指を咥えて見ている訳にはいかない。
そう思いながらユーリウスは診療所の裏に周り壁に張り付くと、窓から中の様子を窺う。
するとエレノラとやはりアンセイムの姿もあった。ただ流石に耳をそばだてても内容までは分からない。
(読唇術でも習得しておくべきだった)
不甲斐ない自分に内心舌打ちをする。
暫く様子を見ていたが、どうや二人は出掛けるようで部屋から出て行く。
気付かれないように壁に張り付きながら正面へ回ると、アンセイムがエレノラを馬に乗せている所だった。
「幾ら何でも、密着し過ぎだ」
「ですが、密着しないと落ちてしまいます」
「っ‼︎」
突然背後から声を掛けられた。
勢いよく振り返ると、音もなくヨーゼフが姿を現した。
これの存在を失念していた。
「まさかずっと見ていたのか?」
「はい。ユーリウス様が馬でこちらに来られて、壁に張り付きながら小屋の中を必死に覗き見ていた所を見ていました。因みに王太子殿下の護衛の方々も不審そうに見ていらっしゃいました」
「なっ……」
アンセイムは街にお忍びで出掛ける際は護衛は連れて行かないので、恐らく影と呼ばれている者達だろう。所謂暗躍部隊だ。
常に王太子に付き従い見守っているが、その姿は何年も側近を務めているユーリウスすら見た事はない。それなのにも拘らずヨーゼフは何となしにそう言った。
彼はユーリウスが思っている以上に優秀なのかも知れないと感心をする。そして後々アンセイムに報告がいくと考えると憂鬱になった。
「後を追う」
「承知致しました」
今は考えても仕方がない。
ユーリウスは気持ちを切り替え少し離れた場所に繋いでいた馬に乗ると、エレノラ達の後を追った。