有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
五話〜義弟〜
ブロンダン家に嫁いできてから数日後ーー
エレノラが二十センチ四方の布を広げると中からは金貨が出てきた。
「凄い、二十枚もある! それに光り輝いて、ま、眩しい……」
今朝、ボニー経由で手渡されたのは待ちに待った品位維持費だった。
しかも事前に話に聞いていた額の倍額だ。
『旦那様が、これで初夜の事は忘れて欲しいとの事です』
ボニーからの言伝を聞いた時は一瞬意味が分からなかったが、どうやら離れとはいえこちらの状況は筒抜けのようだ。
初夜にユーリウスが外泊していた事への詫び金として色を付けてくれたという事だろう。
そもそも初夜どころか彼はあれから一度も屋敷に帰って来ていない。幾らエレノラの容姿が気に入らないからといって子供じみている。これで七歳も年が上だというのだから呆れてしまう。
まあ、そんな事よりーー
「どうしようかしら」
大金を前にして気持ちが昂揚する。
普通は身なりを整える為や美容などに使う物だが、ドレスや装飾品類は別途で用意されていた。要するに、事前に聞いていた通りこれはエレノラがお小遣いとして自由に出来るという事だ。
「半分は実家に送って残りは、やっぱり貯金ね……」
一瞬テンションが上がったが、ふと我に返り現実に引き戻された。
報酬が貰えるのは一年後だ。その間に利息は増えていく一方だ。幾ら借金の倍額貰えても、利息で結構な額を持っていかれてしまうだろう。無駄遣いはしない方がいい。
落胆しため息を吐いた。
「でも、待って。貯金もいいけど、これを元手に増やすとか出来ないかしら。例えば投資とか……」
悪くはないがリスクが高い。
それなら、もう少し低リスクのものの方が安心だ。
あと何ヶ月分か貯めて田舎に小さな土地を買うとか、いやそれよりも商売でも始めようか……。
「義姉さん、投資なんてするの?」
「⁉︎」
暫しあれこれと思考を巡らせていた時、突然声を掛けられ心臓が跳ねた。
弾かれたように声の方へ視線を向ければ、何時の間にか開かれた扉の前に見知らぬ青年が立っていた。
(義姉さんって、もしかして……)
「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね。僕はロベルト。ブロンダン家の次男だよ」
そういって満面の笑みを浮かべる。
栗色の短い癖っ毛と青い瞳、人懐っこい雰囲気にエレノラの緊張感は緩んだ。
それにしても、突然部屋を訪ねてくる事は目を瞑るとしても、最低限ノックをするくらいの礼儀は弁えて欲しい……。
「先日、ユーリウス様と結婚しましたエレノラと申します。ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません」
「家族なんだから、そんなに畏まらないでいいよ」
家族と言われて思わず苦笑してしまう。
確かに書類上はそうだが、夫であるユーリウスと顔を合わせたのは嫁いできた日の僅か一時間程だ。公爵とも同様で、そもそもブロンダン家の家族構成すら知らない。
お金の事しか頭になかったのでこちらから聞かなかったのも悪いが、一応嫁いできたのだから紹介くらいしてくれてもいいのではと今更ながらに思った。
「それにこっちこそ中々挨拶に来れなくてごめんね。母さんがさ、必要ないって五月蝿くて」
「それはどういった……」
意味なのかと続けようとするが口を噤む。
恐らくこれが、かの有名な所謂嫁いびりというものなのかも知れないと思ったからだ。
きっと彼も言い辛いに決まっている。
「ああでも、気にしなくて全然大丈夫だよ。嫁いびりとかじゃなくて、単純に母さんは兄さんが嫌いなだけだから。だから兄さんと結婚した義姉さんの事も気に入らないだけだよ」
さらりと凄い事を言いながら笑う姿に呆気に取られた。
例え事実だとしても、もう少しオブラートに包んで言って欲しい。
それに何が大丈夫なのか全く分からない。
「余り親子の仲が宜しくないという事ですね」
「まあ血の繋がりがないしね。だから僕と兄さんもお互い殆ど関わらないし」
「え……」
「兄さんは母さんの子供じゃないんだ。僕は父さんの子供だけど連れ子だし。兄さんとは半分しか血が繋がってなくて」
(えっと、ユーリウス様と公爵夫人は血が繋がっていなくて、ロベルト様は夫人の連れ子なのに公爵の子供で、ユーリウス様とは血が半分繋がっている……?)
要するに現公爵夫妻は再婚という事だろうが、後者が理解出来ない。
「母さんは後妻で、元愛人なんだ」
ロベルトの話を聞いて顔が引き攣る。
成程、彼は前公爵夫人の時の婚外子、公爵が愛人に産ませた子供という訳だ。
理由は分からないが、前妻と離縁するなりして当時愛人だった現公爵夫人が後釜に収まったのだろう。
それなら親子仲が悪いのも頷ける。
ユーリウスが跡取りだと聞かされていたが、もしかしたら今後入れ替わる可能性も無きにしも非ずだ。
(そんな話、聞いてないんですけど。面倒くさい……)
まさにその一言に尽きる。
興味は皆無だし、そんな後継者争いに巻き込まれたくはない。
「もっと詳しく説明しようか?」
「いえ、結構です」
エレノラは即座にキッパリと断る。
余計な事は知らないに越した事はない。
争い事に巻き込まれない鉄則は、見ない言わない聞かない事だ。
「あはは、義姉さんって面白いね!」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「それよりさ、本当に投資するの?」
期待に満ちた目で見てくる。
「いえ、やはり投資はリスクが高いので、別の事を検討している最中です」
「要するにお金を運用したいって事だよね?」
「率直に言えばそうなります」
「何だか楽しそうだし、僕も手伝ってあげるよ」
これは余計な事を言ってしまったかも知れないと後悔をする。
「それとさっきも言ったけど、僕達は義理でも姉弟何だから遠慮はなしで」
「……では、一つ宜しいですか?」
「うん、何でも言ってよ」
「部屋に入る時はノックしてからにして下さい」
「あはは、義姉さんは厳しいな」
注意はしたが全く効果がない気がする。絶対にまた同じ事をやりそうだ。