有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
六十話〜割りのいい仕事〜
買い出しに行った翌日の夕刻。
突然ユーリウスから次の休日に一緒に街へ出掛けたいと言われた。
「え、正気ですか?」
「それはどういう意味だ」
「ユーリウス様がわざわざ私とお出掛けしたいとか信じられません。もしかして、体調が悪いんじゃないですか⁉︎」
「体調は頗る良好だ」
もし正気なら体調でも悪いのかと思ったが、どうやら違うらしい。
エレノラは訝しげな顔をする。
「私と一緒は嫌だというのか?」
クズ男とお出掛けとか普通に嫌ですけど? とは流石に言えないので言葉を飲み込んだ。
「……私はこう見えて忙しいんです。ユーリウス様の気まぐれに付き合っている時間はありません」
どうせただの気まぐれだろう。
エレノラは口を尖らせる。
冗談じゃない。こっちは色々あって超絶金欠で馬車馬として働かなくてはならないというのに、どうして駄犬のお世話までしなくてはならないのか。そんな暇はエレノラにはないと突っぱねた。
「それなら報酬をだそう」
だがユーリウスがまさかの提案をしてきた。
なんと”報酬”を払うという。
”報酬”ーーなんて素敵な響きだ。
「それとは別に好きな物を何でも買ってやる」
更に何でも好きな物まで買ってくれるらしい。
ただより怖いものは無い! だがしかし! これは歴とした駄犬の付き添いに対する報酬だ。
いやでも、報酬といってもクズ男の事だ。もしかしたら「ほら、芋娘には芋がお似合いだ」と芋を投げて寄越すかも知れない。それを地面に這いつくばり必死に拾う未来が見える……。
あり得過ぎる。寧ろ絶対にそうとしか思えない。例え気まぐれだとしても、わざわざ休日に芋と街へ一緒に出掛けたいと言い出すなど裏がない筈がない!
「因みに報酬はこれくらいでどうだ?」
だがユーリウスが報酬額を提示した瞬間、エレノラの頭からはそんな考えは全て吹っ飛んだ。そして度肝を抜く。
何故なら今現在、クロエから貰っている日給の約五十倍だったからだ。
一瞬思考が停止する。
(これは夢……? え、本当に? 聞き間違いではない?)
いや確かにこの耳で聞いた。
これは夢かと思うくらい現実味がない。
だがしかし! これは紛れもなく現実だ。
「不満ならーー」
「行きます‼︎ 何処へでも行かせて頂きます‼︎」
臨時収入だわ! しかも超高額の! とエレノラは歓喜した。
そしてその数日後ーー
「若奥様。本当にこちらの装いで宜しいのですか?」
「ええ、構わないわ」
ボニーはいつも通りの服装や髪型のエレノラに戸惑っている。
実は今日はユーリウスの仕事が休みで、約束通りこれから街へ出掛ける予定だ。
「それにしましても、まさか若旦那様が若奥様をデートに誘われるなど驚きました」
「ボニー、だから今日はデートじゃなくてただの付き添いだから」
一緒に出掛けると話すと使用人達は皆「デートですか⁉︎」と騒がしくなった。いくら否定してもデートの認識を変えてくれずにいる。
それに付き添いは付き添いでも、これは割りのいい仕事と同じだ。
「若奥様。いくら若奥様が寛大でも、受け入れるならば他所の女性との関係を綺麗に清算してからにするべきです。絆されないで下さいね」
支度を終え部屋を出る際に、深刻な表情のボニーから何故かそんな事を言われた。
デート云々の話をしていた筈なのに、急にどうしたのだろうとエレノラは目を丸くした。
「お待たせしました」
「あ、ああ……」
門の前に用意された馬車の前を行ったり来たりと謎の行動をしているユーリウスに声を掛けると、彼はピタリと制止した。
「あの、乗らないんですか?」
今度は黙り込みこちらを凝視してくるので、流石のエレノラも困惑する。
「今日の、ドレスは、よ、良く似合って、いる」
「いつもと同じ服装ですが……」
辿々しく話すユーリウスから何だか知らないが服装を褒められた。
だがエレノラが身に付けているのはいつもと変わらない機能性を重視した所謂安物のドレスだ。という事は要するに、お前には安物のドレスがお似合いだ! という意味だろうか……。いくら事実でも失礼過ぎる。
「そ、そうか……」
少しバツの悪そうな彼は今度は馬車の扉の前に立つと、エレノラへと手を差し出してきた。
(何何何⁉︎ もしかして、手の中に針でも仕込んでるとかじゃないわよね⁉︎)
普通に捉えればエスコートしてくれているように見えるが、ユーリウスに限ってあり得ない。
だがここで機嫌を損ねたら報酬が……と葛藤する。
そして出した結論はーー
ちょん。
彼の指先に指先だけ触れておいた。
これなら危険は回避出来るし、好意を無下にした事にはならないだろう。我ながら頭がいい。
(凄い顔をしているけど、一体どうしたのかしら……)
不意に目が合うと、睨まれているように感じるも何処か困り顔にも照れているようにも見える。こんな複雑な表情の人間は初めて見た……。
エレノラは見なかった事にしてそのまま馬車に乗り込んだ。