有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

六十二話〜屋台で金貨〜






 暫く往来を歩いていたが、不意にユーリウスが「少し早いが昼食にしよう」と言い出した。
 そして彼は意外な行動に出た。

「お兄さん、流石にこれは受け取れないよ。うちじゃお釣りを出せない」

 お金を返されたユーリウスは訝しげな表情をする。
 店主の言葉にエレノラはユーリウスの手元を覗き見て唖然とした。

「ユーリウス様、金貨を出したんですか⁉︎」

「なんだ、悪いのか」

「当然です! 屋台で金貨を出す人なんていません!」

「いや、しかし」

「それは早くしまって下さい」

「だが」

「ここは私が払いますから」

「……」

 痛い出費ではあるが、困惑する店主を何時までも待たせて置くわけにはいかないだろうとエレノラは支払いを済ませる。その間、隣でユーリウスはしゅんとしていた。
 これだからお金持ちはとため息を吐いた。



「ユーリウス様、無理しなくてもいいですよ」

「……無理などしていない」

 屋台で購入したパンを手にしたまま、さっきからずっとそれを睨み付けている。
 その間にエレノラは自分の分を食べ終えてしまった。
 
 アンセイムは常習犯故小慣れていたが、恐らくユーリウスはこういった所で買い食いをするなど初めてなのだろう。
 興味があったのかも知れないが、わざわざ無理をする理由はない。

「そちらは私が食べますから、ユーリウス様は何処かお店で召し上がって下さい」

 呆れつつ彼の手からパンを受け取ろうとするも躱された。

「これは私が食べる。君は大人しく見ていろ」

 見ていろって、食べている所を? そこは待っていろなのでは? と思わず心の中で突っ込んだ。

「ですが、少しも減っていないですけど」

「い、今から食べようと思っていた所だ」

 意固地になり説得した所で無駄だと諦めたエレノラは、黙って見守る事にする。

 そして彼は意を決した表情でパンに齧り付いた、いや小鳥のように啄んだと言っても良いかも知れない。それだけ一口が極小だった。

「ユーリウス様、それだと日が暮れてしまいますよ」

「言われずとも分かっている。今のは毒味だ」

 そこは味見では? 毒味を自分でしたら意味がないのでは? と思うがまた反論されても面倒なので言わないでおく。

「……」

「ユーリウス様? 食べないんですか?」

「君は黙って」

「はいはい、見ていますからどうぞ」

「っ……」

 こちらを睨み付けながら彼はようやくパンに齧り付いた。

 


「ふふふ」

 恐らく彼ご自慢であろう美顔にソースが付着する姿は不釣り合いで面白い。
 耐え切れず笑い声が洩れてしまった。

「っ‼︎ 何を笑っているんだ⁉︎」

 顔を赤くしながら睨み付けてくる。

「すみません、でもユーリウス様のお顔がソース塗れで面白くて! ふふふ」

「何⁉︎」

 指摘するとユーリウスは慌ててハンカチを取り出そうとするが、食べるのがど下手過ぎてどちらか片方を放すと挟まれている中の野菜や肉が溢れそうだ。その事に本人も気付き固まった。

(面白いからもう暫く見ていよう)

 勿論普段なら直ぐに手を差し伸べる所だが、相手がユーリウスとなると話は別だ。意地悪心が芽生える。

 どうする事も出来ずに慌てふためくユーリウスを見ながら散々笑ったエレノラは、そろそろ良いかと助け舟を出す。
 ポケットからハンカチを取り出そうとすると中にいたミルが手渡してくれた。因みにミルの昼食は持参したナッツだった。

「ありがとう、ミル」

シュウ!

 ミルはユーリウスへチラリと視線を向ける。その目は白い目をしていた。これは完全に嫌われている。

「はい、動かないで下さいねー」

 そう言いながらエレノラはユーリウスの口元を拭おうとする。

「な、何のつもりだ⁉︎」

 だが避けられてしまう。

「何って、お口を綺麗にするだけですが」

「わ、私は子供ではない!」

 鋭い視線を向けられるが口元にソースをつけた状態では怖さなど微塵もあるはずが無い。寧ろ面白いだけだ。

「じゃあ、食べ終わるまでずっと口元にソースつけたままでいいんですね?」

「そ、それは……」

 道の端に寄っているとはいえここは往来で人目がある。誰も見てはいないが、体裁大好きな彼は気になるのだろう。黙り込んだ。
 急に大人しくなったので、その隙に彼の口元を綺麗に拭った。
 怒りだか羞恥心だかは分からないが、プルプル震える姿はやはり子犬のようだ。まあアンセイムとは違って全く可愛くないが。



「ではユーリウス様、行きましょう」

「行くとは何処に……」

 ようやく辿々しくも食事を終えたユーリウスへと声を掛ける。

「勿論、買い物です。何でも好きな物を買って下さるんですよね?」

 まさか約束を反故にするつもりじゃと口を尖らせる。

「あ、ああ、分かっている。ただ仕立て屋は新しい店を探す必要がある故、他の物にしてくれ。宝石商ならこの近くにあるが」

「お店はもう決めてあるので大丈夫です」

 エレノラは目的地を目指し意気揚々と歩き出した。


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