有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

六十六話〜愛人からの要求〜





 エントランスで騒いでいたフラヴィを仕方なく応接間へと通した。
 あの後踵を返し窓から外にでようと考えたが、後ろ姿が見つかってしまい「エレノラ様」と呼び止められた。本当についていない……。
 
 因みにクロエには使いを出して休む事を伝えるが、今日の給金が……と項垂れる他ない。




「少し調べさせて頂きましたけど、貴女の生家ど田舎の上に随分と貧乏でお金に困っているみたいですわね。それで身売り同然で嫁がれたとかーーご理解されまして?」

 こんな朝からいきなり押しかけて来て非常識過ぎる。一体何しにきたのだろうかと訝しげに思っていると、フラヴィは向かい側に座るや否やエレノラが如何に女性として劣っておりユーリウスには相応しくないかを熱弁し始めた。
 確かに芋だという自覚はあるが、流石に失礼だと思う。だがまた喚かれたら面倒なので取り敢えず大人しく話を聞いておく。

「ユーリウス様と離縁して下さい」

「え、嫌です」

「なっ……」

 エレノラは即答した。すると予想外だったのか、彼女は目を見張る。

 フラヴィの意図はどうあれ冗談じゃない。
 こっちは今彼女が言った通り報酬の為に嫁いできたのだ。
 今離縁などしたら祝い金が貰えないだけでなく、庭の畑で大切に育てている薬草も、クロエの診療所での仕事も失う事になる。最近ではユーリウスとのお出掛けでの報酬もあり、かなり順調といえるのに絶対にあり得ない。

「でも貴女はユーリウス様を愛してもいないのでしょう⁉︎ だったら」

「政略結婚なんですから珍しくないと思います」

 寧ろ愛のある政略結婚の方が珍しいように思える。
 ど田舎貴族で社交界とは縁遠い暮らしをしてきたエレノラよりも、生家が都会で名門貴族のフラヴィの方がそれは良く理解していそうなものだが、意外と夢見る乙女なのかも知れない。

「ま、まあこれも想定の範囲内ですわ。いいでしょう。無利益では別れたくないという事ですわね。本当、貧乏人は卑しいですわ」

 フラヴィは側に控えていた侍女に声を掛けた。すると侍女はトランクケースをテーブルの上に置き蓋を開ける。

「このお金でユーリウス様を解放してさしあげて」

 中にはぎっしりと金貨が詰められていた。こんな大金は初めて見た。眩しさに目眩がしそうだ……。
 きっとこれだけあれば借金も利息も返せる。いやそれどころか、詐欺にあった分を補填して、田舎に帰って小さな薬屋を開業出来るかも知れない。物凄く魅力的な話だ。

「ユーリウス様はなんと仰っているんですか?」

「あ、貴女には関係ない事ですわ!」

 当然の質問をしただけだが、彼女は急に声を荒げ勢いよくテーブルに手を付いた。

「貴女は黙ってこのお金を受け取って、芋は芋らしくど田舎にお帰りなさい‼︎」

「……受け取れません」

「は? なんで……」

「ですから、受け取れません」

 エレノラの言葉に彼女は驚いた様子で目を見開いたまま固まった。

「確かに私はお金の為に嫁いできましたが、書類上であっても私はユーリウス・ブロンダンの妻です。仮に離縁するとしても話し合うべきは貴女ではありません。ユーリウス様が私との離縁をお望みならば、夫である彼から直接話を伺います。それにお金を頂くにしても、フラヴィ様から頂く事はありません。ユーリウス様本人から頂戴します」

 フラヴィからお金を受け取り離縁するという事は、ユーリウスという人間をお金で売ったも同然だ。
 そしてフラヴィは自称愛している人をお金で買おうとしている。だがユーリウスと結婚する訳でもなく愛人として側にいたい。
 前から思っているが、何度考えてもエレノラには理解出来ない感情だ。
 フラヴィはユーリウスをどうしたいのだろうか? そしてユーリウスもまた彼女達をどうするつもりなのだろうか?
 例えエレノラが離縁したとして、彼女達の未来が大きく変わる訳ではない。そしていつまでも現状を維持する事は出来ないだろう。時間は刻一刻と過ぎていくのだから。
 
 ただ一つ言えるのは、エレノラは自分自身を対価に身売り同然で嫁いできたが、だからといって他の人を同じように扱いたくはない。例え相手がクズ男だろうとも。
 
 黙り込み目を見開いたままのフラヴィと目が合う。
 緑色の綺麗な瞳が揺れていた。
 手入れの行き届いた波打つ長い金髪と貴族令嬢らしいきめ細かな白い肌。
 フラヴィだけでなく、以前顔を合わせた他の愛人達も皆一様に華やかな美女ばかりだった。
 もしエレノラも彼女達のように貴族令嬢らしく育ちこんなにも綺麗だったなら、同じような考え方や振る舞いをしていたのだろうか?
 ふとそんなつまらない事が頭を過った。

(いいえ、私は私だわ)

 人間だから他人を羨ましく思う事もある。
 特にエレノラの場合は、生家が万年火の車なので尚更だ。
 それでも父と母の娘として、弟達の姉として、エレノラ・フェーベルとして生まれて良かったと思う。
 誰に蔑まれようとも恥じる必要などない。

「フラヴィ様、お引き取り下さい。貴女が話し合うべきは私ではない筈です」

 エレノラは立ち上がると、フラヴィに帰るように促す。
 突然屋敷に押し掛けてくるくらいだ。何かあった事は明白だ。
 恐らく最近ユーリウスが愛人達と会っていない事が要因とは思われる。しかも大金を払い離縁を要求してくるくらい切羽詰まった様子だ。
 だが正直、エレノラにその矛先を向けられても困る。
 

「五月蝿いわねっ、貴女に私の何が分かるんですの⁉︎」

 その瞬間、フラヴィは立ち上がりエレノラへと近付いてきた。そして、乾いた音が部屋に響く。反射的に頬に触れると痛みを感じる。
 どうやらフラヴィに頬を叩かれたようだ。

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