有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
七十三話〜褒め言葉〜
「ミル、お帰りなさい」
シュウ!
手を差し出すとミルは嬉しそうに飛び乗る。
「ミルを送って頂いてありがとうございます」
「あ、いや……。用は済んだので私は戻る」
暫くしてユーリウスがミルを部屋まで送り届けにやって来た。
先程の事もあり気不味そうだ。
エレノラは早々に踵を返す彼を呼び止める。
「あのユーリウス様、少しお話しませんか?」
「っ……」
するとユーリウスは身体をビクリとさせ固まる。そして躊躇いながらもゆっくりと振り返った。
ミルをベッドの上のクッションに降ろすと眠かったのか直ぐ横になり目を瞑った。
「ユーリウス様、座って下さい」
「あ、ああ……」
落ち着かない様子でユーリウスは椅子に座る。部屋には椅子が一つしかないので仕方がなくエレノラは少し離れたベッドに腰掛けた。
「ユーリウス様」
「な、なんだ」
名前を呼んだだけなのに、彼は緊張をしているのか息を呑むのが分かった。
「私の事、どれくらいご存知ですか?」
「は?」
「ですから私の事をどれくらい」
「言い直さなくても聞こえている。そうではなく、何故そんな事を聞くんだ」
「書類上とはいえ一応夫婦ですから、お互いの事をもう少し知っておいてもいいんじゃないかなと思いまして」
「……」
一方的に話を聞いた所できっとユーリウスは何も話さないだろう。それなら先ずはエレノラから自分の事を知って貰おうと思った。
どうしても、あの顔の意味が知りたかった。
何故知りたいのかは自分でも分からない。
ただエレノラの言葉が彼を傷付けてしまった可能性も否めない。そう考えると罪悪感を覚えるからかも知れない。
「エレノラ・フェーベル。フェーベル伯爵家の長子、十七歳。家族構成は父親、弟二人、母親は他界している。フェーベル家の領地であるユタンはグラニエ国の南西部に位置し、主な収入源は農産業で小麦が上位にくる。気候も安定しており作物を育てるのに適した環境だろう。足を運んだ事はないが、かなりの田舎だと聞いている」
絶対興味がないので知らないと思っていたが、少しは知っているらしい。ただエレノラの事というよりは領地の話だが……。
「他には何かありますか?」
想定していた流れとは違い軌道修正をする。
このままでは農業についての議論でも始まりそうだ。
「後はそうだな……誰に対しても優しく、公平さを持っている。前向きで逞しく、目的の為なら努力を惜しまない。それに笑顔が愛らしい」
「え……あ、あのっ」
予想外のユーリウスの言葉にエレノラは目を見開き動揺した。
まさかユーリウスがエレノラを褒めるなど信じられない。お世辞にしても褒め過ぎだ。いやそもそも彼がお世話を言うなどあり得ない。
ならばこれは夢か何かだろうか? いや、例え夢の中だろうとあのユーリウスがエレノラを褒めるなどあり得ない! そうなるとーー
(まさか、偽者⁉︎ でも、あの腫れ上がった右頬はどうみても本物よね……)
じっくりと頭のてっぺんからつま先までを観察するが本物にしか見えない。
「なんだ」
「もしかして、何か変な物でも召し上がりましたか⁉︎」
「は? なんの話だ」
「そうじゃないとおかしいんです! ユーリウス様が私を褒めるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ません‼︎」
もしかしたら天変地異の予兆だったり、不吉だ。明日は空から槍でも降ってくるかも知れない……。
「おかしいもなにも、私はただ事実を述べただけだ。悪いのか?」
「い、いえ、悪くはないですけど……」
「それでどうなんだ」
「え……」
「他にもあるんだろう? 私の知らない君の事を聞かせてくれないのか?」
エレノラは言葉を詰まらせる。
本当は簡単に好きな食べ物や趣味や特技などを適当に話した流れで、家族の話をするつもりでいた。その後にそれとなくユーリウス自身の事を聞き出すつもりだったが、いつもの彼らしくない様子に困惑する他ない。
「私のーー」
真っ直ぐに見つめてくる彼の青眼にどこか落ち着かなさを感じながらも、エレノラは自分の事を話し始めた。