有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

七十九話〜フラヴィ〜

 


 ブロンダン家を訪問した翌日ーー
 あれからずっと苛々が収まらず、少しでも気分を晴らそうと今日は一日中買い物をしてきた。
 ただいきつけの店で新作のドレスでも見ようと足を運んだが、店はなくなっていた。
 どうやらいつの間にか勝手に閉店していたらしい。
 あの店の店員は良く気が利いて悪くなかったので残念だ。そもそも閉店するなら贔屓にしてあげていた自分に礼の一つや二つあるべきではないのか? これだから平民は礼儀がなっていないと更に苛立ちが募った。
 結局、別の店でドレスやら宝石やらを気が済むまで購入して少し気分が収まった。



 そして夕刻に屋敷へ帰宅すると、ロビーで待ち構えていた父に顔を合わせるなり突然怒声を浴びせられた。

「フラヴィ‼︎ これまでは目を瞑ってきたが、まさかこの私の顔に泥を塗るとはどういうつもりだ⁉︎」

「お父様、どうなさいましたの?」

「どうしたもこうしたもない‼︎ 先程ブロンダン家からお前に対する抗議書が届けられた。ユーリウス令息の奥方に暴力を振るったとあったが、一体何を考えているんだ⁉︎」

 怒声がロビーに響き渡り、近くにいる使用人達は怯えていた。それはそうだろう。実の娘である自分すら足がすくんでいる。

「ご、誤解ですわ。ユーリウス様の奥様が私を侮辱なさるから私はただ軽く頬を」

「叩いたのか?」

「いえ、その……」

「叩いたのかと聞いているんだ‼︎」

「叩いたといいますか、少し触れてしまっただけですわ」

 実際は腹立ち紛れに勢いよく叩いたが、別に証拠がある訳でもない。ただ抗議書が届いている以上全てを否定すると逆に嘘っぽくなるのでこれくらいが丁度いいだろう。だが父には通用しなかった。

「大して期待はしていなかったが、何れはブロンダン家に嫁げる可能性を考慮しお前の愚行を見逃してきた。だが結局は別の令嬢がブロンダン家に嫁いだという訳だ」

 父は苛立った様子で大きなため息を吐くと踵を返した。

「修道院へ入所の手続きをする。ひと月もあれば完了するだろう。準備をしておきなさい」

「お父様、まさか私を修道院に入れるつもりですの⁉︎」

「そうだと言っているんだ。ユーリウス・ブロンダンは激怒している。彼は王太子殿下の側近であり何れブロンダン家を継ぐ人間だ。敵に回せば我がドニエ家といえど危うくなる。そうまでして守る価値はお前にはない」

「っーー」

 ショックの余り言葉を失う。
 父が立ち去った後も動く事が出来ず放心状態で立ち尽くしていると、背後からくすくすと笑う声が聞こえてきた。

「哀れね、フラヴィ」

「お姉様……」

 数年前に嫁いだ三つ年上の姉は、たまに実家に遊びにきている。だが姉が苦手なフラヴィはなるべく顔を合わせないようにしていた。それなのにこんな時に鉢合わせるなど最悪だ。

「本当に貴女って昔から私やお兄様と違って一人だけ出来が悪いわよね」

「っ……」

 また始まった。
 昔から姉や兄はフラヴィを見下してくる。
 そして両親の関心は優秀な姉や兄へと向かい、フラヴィは家族の中で存在価値が低かった。

「あの時、ユーリウス様との結婚を素直に受け入れていればまだマシだったでしょうに。ほら貴女の取り柄ってユーリウス様の幼馴染である所だけでしょう? でもそれも、もうなんの価値もないわねぇ」

 フラヴィは唇を噛んだ。
 何も反論出来ない。全て事実だ。
 自分でも今更ながら後悔をしている。何故あの時、ユーリウスと結婚しなかったのかと。
 ただあの時は覚悟が出来なかった。

 昔からずっと好きだったユーリウスとの結婚話しが持ち上がり、一時は舞い上がったが彼が他の女性と一緒にいる姿を見て冷静になった。
 今は幼馴染という立場故に、どうにか耐える事が出来ている。だが彼の妻になった時、果たして今と変わらない気持ちでいられるだろうか。
 今もまた彼から自分だけを愛して欲しいと願っているが、それが叶う事はない。だがきっと妻という立場になればその想いは更に膨れ上がるだろう。
 毎日のように他の女性の元へ行く彼を見送り、耐えられるだろうかーーいや耐えられない。
 愛する夫が別の女性を抱いているのを知りながら一人屋敷で待つ妻……なんて、哀れで虚しいのだろう。きっと社交界では哀れな妻だと嘲笑される。姉からは「貴女に魅力がないから浮気されるのよ」と馬鹿にされるだろう。
 彼の父親は妻を捨てて愛人を選んだ。もしかしたら将来自分も捨てられて、彼もまた愛人を選ぶかも知れない。

 そんな風に考えれば考える程怖くなり、フラヴィはユーリウスとの縁談を断固拒否した。

 だがその後も、ユーリウスから離れる事が出来なかった。
 彼を愛していたし失うなど考えられない。
 それに貴族の令嬢達から一度でいいから床を共にしたいと思われている彼に、私は何度も抱かれ求められていると思うと誇らしかった。
 そして沢山いる彼の女性達の中でも幼馴染である自分は特別な存在で、女性達もそんなフラヴィに一目置き慕ってくれる。実に気分が良かった。ずっとこのままがいい。幸せだ。
 そう思っていたのに……ある日突然彼は妻を迎え、少しずつ幸せが崩れていった。
 
「ユーリウス様の奥様って、確か芋っぽい田舎貴族なのでしょう? 貴女はそんな芋娘に負けたのよ? 嫌だわ、恥ずかしくて貴女の身内だと思われたくないわぁ。でもまあ、これからは修道院でひっそりと生きていく事ね。貴女にはとってもお似合いよ」

 醜悪な笑みを浮かべた姉はそれだけ言い残し帰って行った。
 
(そうですわ、あの芋娘が私の幸せを奪った……。それなのにどうして私が修道院へいかなくてはならないの⁉︎ 全て、あの女が悪いのにっ‼︎)

 そしてフラヴィは思い付いた。

(……なんだ簡単な事じゃない。あの女がいなくなればいいんですわ)

 不敵に笑うと、軽快な足取りで自室へと向かった。


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