有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

八十四話〜返事〜




 今日もまた応接間にて三者面談を行っていた。昨日に引き続き置物と化しているユーリウスだが、今日は会話を聞く余裕もない。
 昨日はあれからエレノラと顔を合わせる事はなく、悶々としながら夜を過ごし殆ど眠る事が出来なかった。
 今朝ようやく彼女と応接間で顔を合わせる事が出来た。たった一晩がとても長く感じた。
 昨日の事もあり気不味く感じるが、まるで何事もなかったかのように彼女はいつも通りだった。



「ーーありがとうございました」

 その日の夕刻、最後の一人を見送りようやく面談は終了した。

 
 テーブルの上の書類を揃え立ち上がるエレノラを呆然と見つめていると、その事に気付いた彼女はこちらへ視線を向ける。

「お疲れ様でした。後は私の方で処理をしますので、ユーリウス様は休んで下さい」

「……エレノラ、少し話がしたい」

 一晩中、彼女の素っ気ない態度の原因を考えた。
 やはりこれまでのユーリウスの愚行を許せないのだろうかと悩みながらも、ある事が脳裏に浮かぶ。それはアンセイムの事だ。

 今から二週間程前、フラヴィが屋敷に押しかけてきた翌日ーー
 ユーリウスは頬を腫らした状態で出仕した。
 当然アンセイムは驚き理由を聞いてきたので、正直に事の顛末を話した。
 無論体裁が悪い事は承知の上であり、他の人間には口外するつもりはない。だがアンセイムには知って貰った方が都合がいいだろう。
 フラヴィとの再婚があり得ない事を告げた上で、待たせていた返事をする事にした。

『殿下、以前提案されたエレノラを側妃にされたいとの件ですが、申し訳ありませんが私はエレノラと離縁するつもりは毛頭ありません。ですからエレノラの事は諦めて下さい』

『……それは残念だ。どうやら随分と心境の変化があったみたいだな』

『長らくお待たせしたにも拘らず申し訳ありません』

 そんなやり取りをした後はアンセイムの口からエレノラの名を聞かなくなっていたので少しは安堵していたものの、例の診療所で未だにエレノラとアンセイムが会っているとの報告は受け懸念はあった。
 ただ悶々として過ごしてはいたが、以前とは状況が違うためか心のどこかで大丈夫だと悠長に構えていたのかも知れない。

 呼び止め彼女へ近付くと、エレノラはその分後退をする。内心ユーリウスは地味にショックを受けた。

「何故、逃げるんだ」

「逃げてなんていません」

 そう言っている間にもユーリウスが足を一歩二歩と踏み出すと、彼女は一歩二歩と後退をする。

「どう見ても逃げているだろう」

「どう見ても逃げていません」

「嘘を吐くな」

「ユーリウス様の目が悪いんじゃないですか?」

 はぐらかそうとする言葉に苛立ちが募る。
 そして後退しながら器用に扉へ向かっている事に気付き、一瞬視線を外した隙をつき俊敏な動きで距離を詰め壁際に追いやる。
 更に目を見張り慌てる彼女の顔の横に手を付き逃げ場を塞ぐ。

「何をするんですか⁉︎」

「君が逃げようとするからだ」

「ですから逃げてなんて……」

 真っ直ぐにすみれ色の瞳を見つめると、戸惑った様子で視線を逸らされた。やはりいつもの彼女らしくない。その事に妙に胸が騒ぐ。

「昨日の返事が聞きたい」

「……」

「私の事が許せないのは分かっている。だが機会を与えてくれないか? 必ず良い夫になると約束する。だからっ」

「ユーリウス様」

 冷静に話さなくてはと思いながら、徐々に感情的になってしまう。そんな中、彼女に言葉を遮られた。

「本当は今回の件が落ち着いたらお伝えするつもりでしたが……」

 その瞬間、頭の中に警鐘が鳴り響いた。防衛本能だろうか。
 これ以上聞きたくないと急激な焦燥感に駆られた。

「エレノラっ、先に私の話をーー」

「私と離縁して下さい」

 その瞬間、頭が真っ白になった。
 何を言われたのか理解出来ない。いやしたくない。
 瞬きを忘れ目を見開いたまま微動だに出来ず、呼吸すら止まってしまったように思えた。

「勿論この件は最後まで責任を持ちます。それと私の生家であるフェーベル家の再建のお話ですが、こちらは()()()()()()にお任せする事になりましたので手を引いて頂いて結構です。お気遣い頂き、ありがとうございました」

 その後も彼女は「公爵様にはアンセイム様からお話をしてーー」話を続けていたが、まるで頭に入らなかった。
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