有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

八十九話〜両想い〜




「ーーそれで、アンセイム様に力を貸して頂く代わりに側妃になって欲しいと言われたんです」

 一体何を言われるのかと身構えていたが、ユーリウスから聞かれた事はアンセイムに愛人達の進路先の斡旋を頼んだかという質問だけだった。
 この際だからと離縁すると言った理由も含めて説明をする。

「なるほどな、殿下らしい……。ならば離縁は君の本意でないと思っていいのか?」

 自分で決めた事なのでユーリウスの言葉を肯定するのは違う気がするが、必要に迫られてエレノラの気持ちとは切り離し選んだ事には違いない。
 少し躊躇いながら頷いて見せた。

「そうか……」

 ユーリウスは気が抜けたように息を吐いた。
 改めてよく見ると、少し顔を合わせない間に痩せたように思える。
 ボニーの言っていたように、余り食事を摂っていないのだろう。


「エレノラ、殿下からの資料はここに入っているのか?」

「はい、そうですが……」

 ユーリウスはエレノラに許可を得た後、ベッドの横に置かれていた鞄の中から書類の束を取り出すと一緒に手紙の束が出てきた。

「これは?」

「それは候補先へ宛てた手紙で……」

 そして、何を思ったか折角書いた手紙を全て破り捨ててしまった。

「何をするんですか⁉︎ それ書くの大変だったんですよ⁉︎」

「後の事は私が引き受ける」

 意外な言葉に目を見張る。

「でも、それではユーリウス様の無駄に高い自尊心が傷付いてしまうのでは?」

「何⁉︎ 無駄だと⁉︎」

 一般的に人としてある程度自尊心を持ち合わせているのは普通だが、ユーリウスの自尊心は天よりも高いだろう。
 そんな自尊心の塊の彼が、自分の愛人だった女性達を自ら探した男性へ嫁がせるのは受け入れ難いのではないだろうか。
 働く事を希望している愛人や修道院を希望している愛人にも同じ事がいえる。
 ただその癖意外と繊細でガラスの心臓の持ち主だのようだし、かなり面倒くさい。
 それにそもそもエレノラが言い出した事だ。
 ユーリウスの手を借りるのは少し違う気もした。

「違うんですか?」

「っ……」

 暫し睨み合うが、意外にも途中で彼の方が白旗を上げた。

「いや違わないな、認めよう。私は君のいうように無駄に自尊心が高い。だが今回はその自尊心は全て捨てる」

「それって」

「愛人達の進路先は、私が責任を持ち探す。だから離縁するなどと言わないでくれ」

 弱々しく嘆願された。
 まるで捨て犬のように見えて胸が痛む。
 ただふと冷静になって考えると、ある疑問が浮かんだ。
 
「でも、ユーリウス様にそんな人脈あるんですか?」

「君は私を一体何だと思っているんだ」

「人脈って信頼ありきじゃないですか。なので、少し心配です……」

「私にもそれなりの人付き合いはある。そもそも、嫁ぎ先以外の働き口や修道院の資料を集めたのは私だ」

「え……」

「殿下は特に何も言わず、ただ妙齢の女性の働き口と修道院の資料を出来る限り集めるようにと言っていたが……流石にこのタイミングだ。勘付かない訳はない。殿下もそれを分かった上で、私に仕事を任せたのだろう。……正直、殿下からの申し出を受ける前に、一言でも私に相談をして欲しかった」

「申し訳ありません……」

 ユーリウスはアンセイムの側近なのだから少し考えれば分かった筈なのに、そんな簡単な事に気付けなかった。彼を傷付けてしまったと反省をする。

「いや違うな。そもそも私達は夫婦として成り立っておらず信頼関係もない。そもそも相談などする間柄ではなかった。それは全て私の責任だ……。君を責める権利は私はないな」

 彼のせいだけではない。
 書類上の夫婦故に、信頼関係など皆無だったのは事実だ。だが、それでも彼の言うように一言でもいいから相談すべきだったと今は思う。

「どうしても厳しければ、父上に頭を下げる。どんな手段を講じても必ずやり遂げると約束しよう。だから私の事を信じて欲しい」

 黙り込んでいるエレノラが迷っていると思ったのか、ユーリウスはそう付け加えた。
 そしてその言葉にエレノラは目を見張った。
 本心は分からないが、彼の昔の話から思うに父親である公爵に良い感情を持っているとは到底思えない。現在の関係性を見れば尚更だ。その父親に頭を下げるとまで言っているのだ。ユーリウスが本気だという事が分かった。

「そうまでして、どうして私と離縁したくないんですか?」

 突然の愛人達との縁切りといい、夫婦としてやり直したいと言い出したり、やはり彼の考えが分からない。
 フラヴィには愛していないと宣言していたし。ますます理解不能だ。

「……だ」

「え、もう一度良いですか?」

 口籠もり上手く聞き取れない。

「だから、好きだからだと言っているんだっ」

 顔を真っ赤にして瞳を潤ませる様子は、やはり子犬のようだと思ってしまう。

「誰が誰をですか?」

 エレノラは小首を傾げた。
 
「っ、私が君を好きなんだ」

「それって……ユーリウス様が私に好意を寄せているというように聞こえるんですが」

「だからそうだと言っているだろう⁉︎」

「っ⁉︎」

 ようやくユーリウスの言葉の意味を理解したエレノラは顔が熱くなり心臓が早くなっていくのを感じた。

「ただ私は君を愛せるかどうかは分からない。正直自信がないんだ。だが私は君を愛したい、君から愛されたいと強く思っている。それだけは覚えておいて欲しい」

 悲しげな表情を浮かべる。
 その姿にふと彼の母の話を思い出し切なくなる。
 きっと今の彼が表現出来る精一杯の気持ちなのだろう。そこに嘘はないと思う。

「大丈夫です。私もユーリウス様を愛せる自信がありませんから」

「なっ……いや、そうだな……分かっている」

 サラリと言い放つと、彼はショックを受け分かり易く落胆する。
 
「でも……好きかも知れません」

「っ‼︎」

 彼は好きだが愛せるかは分からないと言った。だがエレノラは愛を語るよりも前に好きかどうかも分からない。だがユーリウスの妻でいたいとは思う。そこに打算はない。それはようするに、好きという事なのかも知れない。

 ユーリウスは何故か口元を手で覆い顔を背けた。

「ユーリウス様?」

「も、もう一度、言ってくれないか?」

「えっと、知れません」

「違う‼︎ その前だっ」

「……好きかも、知れません」

 流石に二度目は恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じる。

「私も君が好きだ」

「っ……」

 恍惚とした表情で見つめられ、心臓が煩く脈打つ。伸ばされた彼の手はエレノラの頬に触れ、ゆっくりと彼の顔が近付いてきてそのまま唇と唇が触れそうになりーー

「っ‼︎」

 エレノラは思わずユーリウスの顔を手のひらで押し返すと、彼は目を見張り固まる。
 これは所謂両想いという状況だと思われるが、流石にキスはまだ早過ぎる。

「あ、あの! そういえばミルはどこにいるんですか?」

 恨めしそうに見られ、慌てて話題を変える。
 恐らくボニーと一緒だとは思うが、気になったのも本当だ。

「‼︎ す、すまない! 慌てる余り、馬車に置いてきてしまった……」

「え⁉︎」

 その言葉に驚き慌てて馬車へと向かった。
 勢いよく扉を開けるとミルは椅子の上で不貞寝していた。

「ミルっ‼︎ ごめんね、迎えにくるのが遅くなっちゃって……」

シュウ〜‼︎

 エレノラが手を差し出すとしがみついてくる。きっと一人で心細かったに違いない。
 そしてミルはエレノラの後にいたユーリウスの存在に気付くと凄い形相で彼を見る。
 馬車に置き去りにするとか己は頭沸いてるん⁉︎ そんな風に怒りが滲み出ていた。

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