有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

九十話〜問題〜




 朝、いつも通り馬車で城に向かっていた。
 
 ボンヤリと窓の外を眺める。
 少し前までは書類の確認などをして時間を無駄にはしなかったが、エレノラから離縁して欲しいと言われてからは無気力となり何もする気になれない。
 辛うじて勤務中は最低限の仕事はこなしているが、仕事のペースは確実に落ちている。
 そんなユーリウスとは対照的に、アンセイムは生き生きとして見えた。その明白な理由までは分からないが、恐らく先日任せられた仕事に関係している事は確かだ。
 更に毎日のように城を抜け出し、例の診療所でエレノラと会っている。それが何を示しているのか分からない程馬鹿ではない。
 そんな事を考えれば考える程、食事も喉を通らず、ベッドに入っても寝付く事が出来ずに毎日寝不足で頭も回らない。
 情けないと分かっているが、どうにも出来ないでいた。

シュウ?

「……心配しなくても大丈夫だ」

 そんな中、何故か毎日のようにミルがついてくるようになった。
 ユーリウスの向かい側に慣れた様子で座っている。その姿に僅かに口元が緩む。今は一人になりたいが、不思議とミルの存在は気にならない。寧ろ側にいてくれて気持ちが少し落ち着くようにさえ思えた。

 そんな事を考えながら、ふと窓の外へ視線を戻した。そしてすれ違った馬車を見て怪訝に思う。

「至急、屋敷に引き返してくれ‼︎」

 次の瞬間、ユーリウスは馭者に声を掛けた。
 あれはドニエ家の馬車だ。
 窓にはカーテンが引かれ誰が乗っているかは見えなかったが、フラヴィのような気がしてならない。
 
 馬車が方向転換するのに少しもたつき、焦燥に駆られる。
 使用人達にはフラヴィをブロンダン家の敷地内に立ち入らせないように命じてある。それにヨーゼフもいるのだから心配する必要はない。そう思いながらも妙に胸騒ぎがした。
 
 そして屋敷の正門に馬車が到着してそれは確信に変わる。何故なら先程のドニエ家の馬車が停まっていたからだ。

 ユーリウスは慌てて馬車を飛び降り、離れへと急ぐ。
 息を切らし走りながら頭の中はエレノラの事で一杯だった。

(エレノラっ……)

 以前フラヴィから彼女が頬を叩かれた事を思い出す。流石にまたエレノラに手を出すマネはしないとは思うが、不安が募る。

 離れの扉を勢いよく開け放ったユーリウスは、生まれて初めて血の気が引いた。
 
 階段の上にエレノラとフラヴィが立っていた。何やら話をしている様子だが、遠目でも分かる程フラヴィからは異様さを感じた。
 そしてこれから何が起きようとしているのか気付いた。
 視界の端に使用人達が慌てて駆け寄ってくるのが見えるが、そんな事はどうでもいい。
 ユーリウスは床を蹴り上げ、必死に階段へと向かう。
 階段を中央付近まで駆け上がった時、宙を舞うエレノラの姿を視界に捉える。それと同時に足に力を込め両手を広げた。

「え……ユーリウス、さま……?」

「エレノラっ、大丈夫か⁉︎」

 どうにか無事に彼女を抱き留める事に成功し安堵のため息を吐いた。



 その夜ーー

 まさかフラヴィがあのような暴挙に出るとは思わなかったが、幸いな事にエレノラは無事だった。
 そしてその後の話し合いで、遂にユーリウスはエレノラに想いを打ち明け彼女もそれに応えてくれた。こんなに幸せな気持ちになったのは生まれて初めてだ。今もまだ余韻に浸っている。
 ただまだ問題は残っており、気を緩めるには早い。これからアンセイムの説得にフラヴィの処罰、愛人達の進路、エレノラの生家の再建、更に今回の事件を助長した継母へ抗議……。
 
 何故使用人が立ち入りを禁止させていたフラヴィを敷地内へと通したのか疑問だった。だが後から確認したところ、偶然外出をしようとしていた継母がフラヴィを中へ入れるように命じたそうだ。更には使用人を使いヨーゼフに、公爵が呼んでいるから本邸にくるようにと言伝をしエレノラから遠ざけた。
 ズル賢く性悪な継母は即座にフラヴィの目的がエレノラだと察し、大事になるように意図的に仕向けたのだろう。所謂嫌がらせだ。ユーリウスにダメージを与えたかったと思われる。 
 滅多に顔を合わせない一方で、向こうがこちらを監視している事は知っている。ユーリウスの粗を探しているのだ。
 余程ユーリウスが後継者である事が気に入らないらしい。


「そろそろ寝るか」

 ため息を吐き、エレノラから没収してきた大量の資料を片付ける。
 今この場であれこれ考えても仕方がない。
 これからの事を考えるならば先ずは身体を休める事が先決だ。
 自業自得といえ、心労と寝不足、栄養不足で正直限界だった。
 ユーリウスはベッドに入ると目を閉じた。だがーー
 
 
『……好きかも、知れません』

「ダメだ……眠れない……」

 昨夜まではエレノラと離縁したくないと思い悩んでいたため眠れずにいたが、今夜は別の意味で眠れそうにない。
 頭の中には恥ずかしそうに頬を染め瞳を潤ませているエレノラの姿が浮かび、興奮して眠れない。
 更にそこから妄想が広がり、抱き合ってキスをしたり最終的にはベッドに二人で沈み……。
 そこまで考えて邪念を打ち消す。
 目を開け勢いよく身体を起こした。
 エレノラは男女の事柄に関しては純粋だと思われる。勝手に頭の中で穢すなど断じてならない! こんな妄想をするなど彼女に失礼だ。

(無心だ、無心、無心、無心……ーー)

 再び横になり目を瞑ると、心の中で延々に唱えながら眠りに就いた。



「話すなら早い方がいい。今日にでも殿下に時間を作って頂けるように頼んでおく」

 翌朝、食堂でエレノラと向かい合い食事をしながらこれからの事を話し合う。
 ユーリウスがアンセイムに話をつけるつもりでいたが、エレノラは自分の口から説明をすると頑なに譲らなかった。実に彼女らしいと苦笑する。
 そのため二人でアンセイムに話をする事になった。

「……宜しくお願いします」

 憂を帯びた表情を浮かべるエレノラに、もしや迷いがあるのではないかと不安になる。
 昨日気持ちを確かめ合ったばかりだというのに情けない。

シュウ。

「どうした、これが欲しいのか?」

 サラダを食べていると、テーブルの端で同じく食事をしていたミルがこちらを凝視してくる。
 声を掛けると近寄ってきた。そしてーー

シュシュシュ、シュウッ‼︎

「なっ……」

 目にも止まらぬ速さで皿の上のサラダを全て喰らい尽くした。最後にフォークに刺しままになっていたミニトマトまで食べ終えるとこちらを一瞥して定位置へと戻って行った。
 一体何が起きたんだ? とユーリウスは呆然とする。

「すみません。昨日、馬車に置き去りにされた事を根に持っているみたいで」

「な、なるほど……」

 謝罪はしたが、どうやら許してはくれていなかったらしい。
 最近は随分と懐かれたと感じていたが、振り出しに戻ってしまった。
 問題がまた一つ増えたと肩を落とした。
 
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