有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
九十三話〜破廉恥〜
離れに帰ると庭にエレノラの姿があった。いつものように畑を眺めている。
気付けば当然のようにユーリウスは庭へと足を向けていた。
「お帰りなさいませ」
こちらに気付いた彼女は振り返ると声を掛けてくる。
「ああ、ただいま」
ただの挨拶に過ぎないが、毎回むず痒さを感じてしまいまだ慣れない。
「何をしていたんだ?」
畑の前にいるのだから、いつもと変わらず雑草の成長具合を見ていたに違いない。
そんな事は見れば分かるが、今は気を紛らわせるためにも話題が欲しかった。
「ユーリウス様の帰りを待っていました」
「っーー」
エレノラの顔を見れば眉を下げ笑んでいた。
その姿にユーリウスが本邸に行ってきた事を知っているのだと察した。
「そうか、ありがとう」
思わずそんな言葉が口から洩れる。
礼を言うのは少し違うかも知れないが、本当に嬉しかった。
先ほどの父とのやり取りで疲弊していたが、彼女の言葉一つでこんなにも心が軽くなり胸の奥が温かく感じる。
「え、ユーリウス様、大丈夫ですか⁉︎ もしかしてどこかに頭でも打つけましたか⁉︎」
「どうしてそうなるんだ」
「だってユーリウス様が余りにも素直なので……」
真面目な顔でそんな失礼な事を言ってくる。
ただ以前なら苛ついていた筈なのに、今は可笑しくて仕方がない。
「ははっ、確かにそうだな」
「ミル、大変よ‼︎ ユーリウス様が変だわ!」
シュ、シュウ⁉︎
飼い主に似て失礼なモモンガも大袈裟に驚いている。
するとミルが畑の雑草を引っこ抜き、ユーリウスへと差し出してきた。
シュウ!
ほら食えと言われている気がする。
そして既視感が凄い。
「ミルも心配してくれているみたいです」
切なそう笑みで言われれば、エレノラの手前受け取らない訳にはいかないだろう。
「ああ、ありがとう……」
口元を引き攣らせながら取り敢えず受け取った。
シュウ〜‼︎
つぶらな瞳で「さっさと食えや」と圧を掛けてくる気がするのは気のせいだろうか……。
(考えてはダメだ。こういうのは勢いが大事だ)
ユーリウスは雑草を勢いよく口に放り込むと硬直をする。
「ゔっ⁉︎」
思わず咳き込み吐き出した。
「え、ユーリウス様、大丈夫ですか⁉︎」
見た目は前回同様ただの雑草に見えたが、口に含んだ瞬間味わった事のない独特な風味を感じた。塩味や苦味、甘味などではない。これはーー
「臭いっ‼︎」
「え、臭いって……」
「一体なんなんだこれは⁉︎ 兎に角不快だ‼︎」
青臭いようななんとも言い難い味がした。
シュウシュウ〜‼︎
瞬間、足元で笑っているミルに怒りが湧き起こる。
(まさかまた、意趣返しか⁉︎)
「以前珍しいハーブの種が手に入ったので、一緒に植えてみたんですが……まさかそんな臭いなんて思わなくて」
エレノラが訝しげにしながらも、ユーリウスが口にした物と同じ雑草を摘んで口にしようとした。
「ダメだ、危険だ‼︎」
シュ⁉︎ シュウ‼︎
慌てて止めようとして足を踏み出そうとしたが、同じく慌てたミルが足元で動いたせいでそれを躱さなくてはならず、足が絡れそのまま転倒した。
視界が真っ暗に覆われて地面に顔面から突っ込んだかと思われたが、意外にも痛くない。寧ろ柔らかく感じる。
反射的に手で確かめてみると、むにゅっとしてやはり柔らかい。
この感触は覚えがある。
思い出すためにも、もう少し感触を確かめてみる。
いや知っているものよりは小ぶりな気がーー
「痛っ⁉︎」
耳を何かに思いっきり引っ張られた。
「ユーリウス様っ〜〜」
そして頭上から声が聞こえ慌てて顔を上げると、怒りに震えるエレノラと目が合った。
どうやら状況を察するに、転倒しそうになった自分を彼女が支えようとしてくれたが、体格差があるので支えきれずに二人で転倒してしまったらしい。その結果、ユーリウスはエレノラの胸元に顔を埋める今の状況となってしまったという訳だ。
「ち、違う‼︎ 誤解だ‼︎ やましい気持ちは断じてない‼︎」
「何度も揉んだ癖に言い訳しないで下さいっ‼︎ ユーリウス様の破廉恥っ〜〜‼︎ クズっ‼︎」
「く、クズは関係ないだろう⁉︎ あ、待て‼︎ エレノラ⁉︎」
彼女は立ち上がりさっさと行ってしまう。
ユーリウスは慌てる余り上手く起き上がれず、取り残されてしまった。するとミルが近寄ってきてこちらを凝視してくる。
「ミル、まさか心配してくれているのか?」
シュウ‼︎
その瞬間、目にも止まらぬ速さで先ほどの雑草を口に押し込められた。
「ゔっ⁉︎ 臭っ‼︎」
雑草を吐き出している間に、ミルはエレノラの後を追い去って行く。
(あれは、スキップか……?)
モモンガはスキップまで出来るのかと呆然としながらその姿を見送った。
その後、離れた場所で一部始終を見ていたヨーゼフによってユーリウスは無事助け起こされた。