有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

九十四話〜ミルの金貨〜







 最近は色々とあり大変だろうと言われ、その日はいつもより早く帰るようにクロエに言われたエレノラは、夕刻前に屋敷に帰宅した。
 馬車を降りると、遠目に見覚えのある後ろ姿を見つける。
 どうやらユーリウスもいつもより早く帰宅したみたいだが、何故か離れではなく本邸へと向かっていた。
 もしかしたらドニエ家との問題を父である侯爵と話し合うのかも知れない。

 ユーリウスがフラヴィを告訴した話は瞬く間に社交界に広がり貴族ならば知らない者はいないとクロエから聞いた。
 対立しているのがどちらも名家と呼ばれる上級貴族である事から関心が高く、まして幼馴染で愛人関係だった二人というのも注目を浴びている要因になっているという。面白がっている人間も少なくないそうだ。
 まあ夫の愛人が妻を殺そうとしたなど、貴族じゃなくても噂になるに決まっている。
 
 エレノラはユーリウスの背中を見送り、自身はいつも通り離れへと向かった。
 一瞬、追いかけた方がいいかと悩んだがやめた。確かにエレノラは当事者ではあるが、この問題は彼に任せた方が良いと思う。

 事件後、ヨーゼフからある事を聞かされた。
 それはユーリウスの継母である公爵夫人が意図的にフラヴィを屋敷内へ引き入れ、ヨーゼフを虚偽の言伝でエレノラから引き離したという事だ。その理由は恐らくユーリウスへの嫌がらせなのだろう。
 妻であるエレノラが問題を起こせば、夫のユーリウスは何かしらダメージを負う事になると考えたのかも知れない。
 今回の件は単純にドニエ家との問題だけでなく、彼にとっては家族との確執ともいえる。

(私が安易に口を挟んでいい問題じゃないわ)

 自分がすべき事は分かったつもりになり首を突っ込む事ではなく、この場所で彼の帰りを待つ事だと思う。
 もしユーリウスから話をしてきたら、その時は一緒に悩んで考えればいい。
 エレノラは離れに着くと庭の畑へと向かった。


「お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま」

 思いの外早く本邸から戻ってきたユーリウスに声を掛けると彼は泣きそうな顔をしていた。
 
「何をしていたんだ?」

 本人は気付いているのかいないのかは分からないが、誤魔化すように畑に視線を向ける。

「ユーリウス様の帰りを待っていました」

「っーー」

 その瞬間、驚いた様子の彼はこちらを見た。そして泣き笑いのような顔で「そうか、ありがとう」と呟いた……までは良かった。だが‼︎


「酷いんですよ‼︎ 普通、間違えたとしても何回も揉みますか⁉︎ あれは絶対分かっていてやったに違いありません‼︎ 破廉恥です! クズです!クズ! ミルもそう思うでしょう⁉︎」

 あの後、何故か突然転倒しそうになったユーリウスを支えたのだが、体格差のせいで押し潰されてしまった。
 ただそれは仕方がない。だが何を思ったが、ユーリウス(クズ)は胸を揉んできた。しかも四回もだ!

シュウ、シュウ!

 同意を求めると、テーブルの上で新鮮なベリーを頬張っていたミルが怒った様子で頷いてくれた。
 
「確かにそれは感心しないな。よし、私がいい弁護士を紹介しよう」

 向かい側に座り話を聞いていたクロエは、カップを丁寧に置くとそんな提案をする。
 あれから一週間ーー
 今日はクロエが午後の往診が早めに終わったので、一緒にお茶をする事になった。そして先日の出来事を愚痴っている最中だ。

「弁護士ですか⁉︎ い、いえ! そこまでしなくても大丈夫です‼︎」

 ただ愚痴ってはいるが、実はユーリウスとは既に和解している。
 あの後追いかけてきたユーリウスに謝り倒され、余りにしょんぼりするので仕方なく許した。

『君に嫌われたら、私は生きていけない……』

 捨てられた子犬のような姿で、そんな風に言われたらそれ以上怒れない。

「そうか、それならいいが。だが困った時は、いつでも私に言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

 あっさり引き下がるクロエに礼を述べながら思う。彼女はいつも余計な詮索はしてこない。本当に気遣いが出来て優しい人だ。


「そういえば愛人達の進路は順調なのか?」

「ユーリウス様が探し直してくれたので、今は精査中です」

 鞄から大量の書類の束を取り出してみせた。
 
「意外と人脈があるので驚きました」

 元々働き先や修道院はユーリウスが集めた資料だったのでそれ等はそのまま使用する事が認められた。そして懸念していた嫁ぎ先もあっという間に探してきてくれた。

「ユーリウス・ブロンダン、延いてはブロンダン家は君が思っている以上に権力があるという事だ。あのアンセイムが大人しく身を引かなくてはならないくらいにはな」

 アンセイムの名前に聞いたエレノラは唇を結ぶ。
 あの話し合い以降、彼とは会っていない。
 怒ってはいなかったが、帰り際の物言いが気掛かりだ。それに、彼と自分が従兄妹だとは未だに信じられないでいる。
 嘘を吐いているようには見えなかったが、落ち着いたら一度母の事を調べてみようと思っている。

「だが少し安堵した。ユーリウス・ブロンダンは確かに最低ではあるが、アンセイムよりはマシだろう。それに改心しようとしているなら見込みはある。エレノラ嬢。君は女性としては勿論だが、人として素晴らしい人だ。幸せになって欲しい」

「クロエ様……そんなに褒めても何も出ませんよ!」

 彼女の言葉がお世辞だと分かりながらも、気恥ずかしくなり笑って誤魔化した。

「あらミル、どうしたの?」

シュウ!

 そんな中、ミルが突然クロエの側に行くと、先日ユーリウスからご機嫌取りにプレゼントされた金貨を差し出した。
 ふとした事から以前、ミルがロベルトから大粒のダイアモンド貰ったと知ったユーリウスが何故か大量に麻袋に詰めて持ってきたので、一枚だけミルにあげた。すると気に入ったみたいで持ち歩いている。
 因みに残りは身を引き裂かれる思いで返した。

「おや、随分と高価な物を持っているな」

シュウ!

 どうやらミルは金貨をクロエにプレゼントしたいらしい。

「私にくれるのか? だが遠慮しておく。それは君が大事にした方がいい。だが君の気持ちは受け取ろう」

シュウ? シュウ‼︎

 拒否をされ一瞬悲しそうな顔をするが、最後のクロエの言葉に嬉しそうに返事をした。

「気持ちですか?」

「エレノラ嬢を褒めた事へのお礼だろう。愛されているな」

 意外な言葉にエレノラは胸がいっぱいになりながらミルを見た。

「ミル……ありがとう!」

シュウ!

 ミルを手に包み込み頬を擦り寄せると、また嬉しそうに声を上げた。



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