有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
九十六話〜ぞっこん〜
後三ヶ月程で、エレノラと結婚して一年になる。
当初言われていた通りユーリウスとエレノラは挙式を執り行う予定だ。
グラニエ国有数の貴族であるブロンダン公爵家の挙式故、王族は無論の事、多くの招待客を招く事となり大規模な挙式となる。
色々と立て込んでいたので遅くなってしまったが、今日の日中にエレノラのドレスのために仕立て屋から宝石商などが屋敷にくるように手配した。
本来は立ち合いたいところだが、生憎今日は仕事だ。それに楽しみは当日まで取っておくのもいいだろう。
エレノラが純白のドレスを見に纏う姿が脳裏に浮かび、今から楽しみで仕方がない。頬が緩むのを感じる。
ユーリウスは出仕するため城へ向かう馬車の中でそんな妄想を繰り広げていた。
「ほら、頼まれていた例のやつ」
「恩に着る」
その日の仕事終わりに、久々にいつもの店でセルジュと落ち合った。
先に来ていた彼は既に一人酒を飲んでおり、グラスを置くと包みを手渡す。
ユーリウスは早速包みを開くと中身を確認した。
「本当、お前は女性関係以外では律儀だな」
「五月蝿い」
ユーリウスに愛人達がいなくなった事は、既に社交界では周知の事実でありセルジュも無論知っている筈だ。それなのにも拘らずそんな事を言ってくる。まあただ揶揄いたいだけだろう。
「それにしても今更、わざわざ探し出すとか怖いよな〜。向こうは悠々自適に過ごしていただろうに」
「責任は本人が負うべきだ」
セルジュの指摘に鼻を鳴らす。
現在エレノラの生家であるフェーベル家の再建を進めているが、それにあたりエレノラの父である伯爵を借金の保証人にし逃亡した人物を探し出す事にした。罪を犯した人間が得をするのを見逃す訳にはいかない。それにいい見せしめにもなるだろう。この先、伯爵を安易に騙そうとする愚かな人間も減る筈だ。
ただその借金がなければエレノラは、今ユーリウスの妻にはなっていなかっただろう。そう考えると複雑な心境でもある。
感謝の気持ちを込めて、借金と利子分を支払わせたら迷惑料は取らないでおいて解放してやろうかと考え中だ。
「ケジメは確りとつけさせる」
「流石、王太子の有能な側近なだけあるな」
「まあ私が有能なのは言うまでもないが、今回は君が尽力してくれたお陰で早くかたがつきそうだ」
「相変わらずの自信だな」
「当然だ」
実は少し前にセルジュにこの件を依頼していた。
彼の生家モントブール侯爵家は手広く商売を行なっており所謂裏社会にも精通している。ただ精通といっても侯爵家が犯罪に加担している訳ではなく、あくまでも商売として繋がりがあるだけだ。
正直、セルジュに頼まずとも事足りたが、正規のルートで探し出すより格段に速い。挙式前に面倒事は片付けておきたかった。
「それより、随分と奥方にぞっこんみたいだな」
いやらしい笑みを浮かべるセルジュに、馬鹿にされた気分になりユーリウスは顔を顰める。
「ぞっこんで何が悪い」
「はは、怒るなって。悪くないぞ、寧ろ良い事だ……本当にな」
豪快に笑ったかと思えば急に真面目な顔をする。忙しい奴だと呆れた。
「お前がちゃんと気付けて良かった。ユーリウス、幸せになれよ」
「君に言われるまでもない」
「後、もう二度と浮気はするな。もししたら、俺がお前のアソコを斬り落としてやるからな」
ご高説を垂れるのかと思いきや、耳を疑うような発言をする。一体何を言い出すんだ⁉︎ と唖然として思わず手にしていたグラスを落としそうになった。
「は⁉︎ いや、そもそも君は人の事を言えた義理では」
「ああそうだ。だが俺は妻を迎えた時に、もしこの先妻以外の女に現を抜かすような事があれば、自分のアレを斬り落とすと決めたんだ。お前もそれくらいの覚悟をしろ」
完全に開き直っており更には傲慢過ぎる。
押し付けがましくなんともふざけた話に聞こえるが、セルジュは至って真面目だった。真っ直ぐにこちらを見据えている。
「……しない。絶対に二度と浮気など愚かな事はしない」
ずっと欲望のままに生きてきた。
快楽を求め、虚しいと感じながらもその瞬間の渇きを癒すためだけに女性を抱いてきた。
だがエレノラと出会って世界が変わった。彼女が自分を変えてくれたのだ。
自分自身と向き合う事から逃げていた事を気付かせてくれた。
「浮気だけではなく彼女を裏切るようなマネはしない。それに今は、エレノラしか目に入らないんだ」
口元がダラシなく緩む。エレノラの事を考えると抑えきれない。
毎日毎日彼女の事で頭がいっぱいだ。
もっと彼女に触れたい、もっと二人で話をしたいし、一緒に食事やお茶をして、休日には何処かに二人で出掛けたいと思う。早く結婚式を挙げて、エレノラが自分の妻だと皆に知らしめたい。
以前細やかなお披露目はしたが、あの時は自分のせいで寧ろ形だけの夫婦だと広める結果となった。今更後悔しても遅いが焦燥に駆られてしまう。
取り敢えずアンセイムは諦めてはくれたようだが、エレノラから二人が従兄妹同士だと聞かされ新たな不安が生まれた。
彼女は詳しくは話してくれず、アンセイムからも何も話はなかった。ユーリウスに出来る事はただ彼女を信じる事だけだ。
「そうか、それなら大丈夫だな。ああそうだ! 今度、妻を溺愛する会でも開くか!」
「何だ、それは……」
突拍子もない発言にドン引く。
だが存外悪くないとも思った。
「我ながら妙案だと思ったんだがな。やっぱり、ダメか〜」
「いや、挙式が終わったら考えてもいい。但し、エレノラには口が裂けても言うな」
まだ二人は対面をした事がないが、挙式だけでなくこの先顔を合わせる機会がくるだろう。その時に”妻を溺愛する会”をしているなどと知られたら羞恥心でどうにかなりそうだ。
「なら秘密厳守にするためにも会員制にすればいいな!」
その後、至極楽しげに話すセルジュと妻を溺愛する会について盛り上がった。