有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
九十七話〜挙式前日〜
「義姉さん、ただいま〜‼︎」
「え、ロベルト様⁉︎」
エレノラは今日から暫くクロエから休みを貰い、明日の準備をしていた。そしてようやく先程肌の手入れから立ち居振る舞い、明日の予定の確認等を終えひと息吐いた時だった。勢いよく扉が開きロベルトが現れた。
以前なら許可なくそのまま部屋の中へ入ってきていたロベルトは、一向に入ってくる気配はない。いや入りたくても入れないのだ。何故なら部屋の前で待機していたヨーゼフによって首根っこを掴まれているからだ。
「何するんだよ⁉︎」
「ヨーゼフ、放してあげて」
「承知致しました」
まるで動物のように捕まっている姿に笑いそうになりながら、ヨーゼフに声を掛けるとようやく手を放して貰えた。
「聞いてよ⁉︎ 死ぬほど大変だったんだ‼︎」
あの後ロベルトを部屋に招き入れようとしたエレノラだが、ふと考え直して応接間へと移動した。ロベルトには文句を言われたが仕方がない。
やはり義弟とはいえ無闇に部屋に入れるのは良くないだろう。これからはユーリウスの妻としての自覚を持ち行動しなくてはならない。
「本当は三ヶ月で帰れる筈だったのにさ、隊長からやる気がない! 延長だ! って言われて……。それに見てよ⁉︎ 僕の綺麗な肌が、こんなになっちゃったんだ‼︎ 本当酷いよ〜」
余程大変だったのだろう。
いくら十ヶ月振りとはいえ、随分と痩せて肌の色も日焼けして小麦色になっている。一瞬誰⁉︎ と思ってしまうくらい変わっていた。嘆く気持ちも分からなくはない。ただ話を聞いている限り自業自得でもあるので同情は出来ない。
「義姉さんは大丈夫だった? 兄さん達と揉めたりしなかった? 遠征中は手紙のやり取りは禁止だから出せなくてさ」
禁止の理由は単純なもので、気持ちが浮つくからだそうだ。まあロベルトを見ていると分かる気がする。
ただ緊急時などの例外はある。
家族の病気や訃報、今回のような挙式への参列などの場合は上層部を通して本人へ伝達されるようになっているという。
「実は色々ありましてーー」
エレノラはロベルトの不在中の話を簡潔に話をした。
彼はフラヴィとも面識があるので、きっと驚愕するに違いない。そう思っていたが、意外にも彼の反応は淡々としたものだった。
「まあ遅かれ早かれそうなっていただろうね。ただ流石に殺人未遂までしでかすとは予想外だたけど、義姉さんが無事で良かったよ。でもさ、兄さんと仲良くなっているとかびっくりなんだけど。本当の本当に、あの兄さんと和解したの?」
確かに険悪な空気ではあったが、別に喧嘩していた訳ではないのに和解と言われて苦笑する。
「そうですよ」
「信じられないな。あんなに芋娘とか言って嫌がっていたのに」
「確かに私もそれには同感です」
久々に芋娘という言葉を聞いて少し懐かしくなる。あれからまだ一年しか経っていないが、随分と昔の事のように思えた。
「ああそうだ! 忘れてたよ、はい義姉さん、お土産」
不意に彼は手荷物から包みを取り出すと、それをエレノラに差し出す。
「ありがとうございます」
まさかお土産を貰えるとは思わなかったので素直に嬉しい。
早速小さな箱を開けてみると、中には紫色に光るブローチが入っていた。
「綺麗……」
正直、宝石自体に興味は皆無だが、自分の瞳の色と同系統だからか惹かれた。
「それ見た時に、義姉さんの事思い出したんだ。気に入った?」
「はい、とても。ですがこんなに高価なお土産は頂けません」
「えーただのサファイアだよ?」
「サファイアですか⁉︎」
宝石には詳しくないが、サファイアが高価な事くらいは知っている。ただ確かサファイアは青色だった気がしたが……。
エレノラは目の前のブローチを凝視した。
「でもこれ青色ではないですね」
「そういえば、なんか珍しいとか言っていたけど大した事ないよ」
それは所謂稀少な物なんじゃ……。
ロベルトは軽く笑うが、エレノラの顔は引き攣る。
「お気持ちは嬉しいですが、やっぱり受け取れません!」
以前から思っていたが感覚が違い過ぎる。
傷でもつけたらと思うと怖くなり、慌てて箱を返した。
失礼な自覚はあるが、流石にお土産としての度を超えている。
「え〜折角義姉さんのために買ってきたのに」
「ダメです! 受け取れません!」
だがロベルトは一向に受け取ろうとしてくれない。
エレノラが途方に暮れていたその時、突如箱が宙に浮いた。いや厳密には誰かに取り上げられた方が正しい。
「土産か何かは知らないが、人の妻に宝石を贈るのは感心出来ない」
「ユーリウス様⁉︎」
突然現れたユーリウスにエレノラは驚き仰反る。扉を見れば、ヨーゼフが丁度閉めているところだった。話に気を取られてまるで気付かなかった。
だがロベルトは気付いていたのか平然としている。
「やあ兄さん、久しぶり」
「……数年振りか」
気不味い空気が流れた。
ヘラヘラとしているロベルトは対照的に、ユーリウスは顔を顰めている。
「ロベルト、これは受け取れない。持って帰れ」
「別に兄さんにあげた訳じゃないんだけど」
「先程も言ったが、人の妻に宝石を贈るのは非常識だ。贈るなら自分の恋人にでも渡すんだな」
「非常識って、義姉さんは家族だろう? 神経質過ぎ」
「ロベルト、お前はーー」
暫し押し問答が続くが、最終的にユーリウスからの説教に疲れたロベルトが白旗を上げた。
そんな二人のやりとりを見ていて、エレノラはある事に気付いた。一見すると仲が悪く見えるが……。
(なんだかロベルト様、嬉しそう?)
ユーリウスからの説教に不貞腐れた顔をしているが、もし彼に犬のように尻尾が付いていたならはち切れんばかりに振っているに違いない。
(それにしても、同じ敷地内に住んでいるのに、顔を合わせるのが数年振りって……)
しかも結婚する前はユーリウスも本邸で暮らしていたらしいし、改めてこの家族の異様さを実感した。
「そうそう、ミルにもお土産があるんだ」
切り替えの早いロベルトは、手荷物の中から今度は麻袋を取り出すとミルに差し出す。
シュウ?
「あれ、どうしたの?」
だがミルは警戒した様子でエレノラの手にしがみ付いてくる。その姿を見てピンときた。
「もしかして、ロベルト様の事忘れちゃったの?」
シュウ……?
二ヶ月は一緒に過ごしたが、ロベルトが遠征に行ってから十ヶ月程は経つ。可能性は高い。
「え⁉︎ ミル、僕の事覚えてないの⁉︎」
「長年一緒にいる訳ではないので、時間が開いてしまうとこういった事もあるかも知れませんね」
目に見えて落ち込むロベルトは、ショックの余り硬直した。
「ミル、私からも土産だ」
シュウ‼︎
そんな中、これ見よがしにユーリウスは懐から同じく麻袋を取り出すとミルに差し出した。するとミルは嬉々として飛びついた。
「ドライフルーツですね」
待ちきれない様子のミルは麻袋に頭を突っ込むと、中から干し葡萄を取り出した。他にもアプリコットやクランベリーなども入っている。
「ユーリウス様、ありがとうございます」
シュウ!
エレノラがお礼を言うとミルも頬張りながら鳴いた。
「長い人生、こういう事もある。ロベルト、勉強になったな」
未だに硬直しているロベルトにユーリウスは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
更に調子に乗ってミルの頭を撫でて仲の良さをアピールしようとしたみたいだが……。
シュウ‼︎
「痛っ⁉︎」
食べている最中に触られたのが気に入らなかったミルは、ユーリウスに飛び蹴りを喰らわした。