有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

九十八話〜挙式前夜〜



 その夜、エレノラは自室でユーリウスと話をしていた。
 ベッドの端に横並びに座り、肩が触れそうな距離に少し緊張をする。

「本当に大丈夫ですか?」

「平気だ。あれくらい戯れに過ぎない」

「それならいいですが……」

 ミルから顔に飛び蹴りを喰らったユーリウスだったが、以前と比べて加減をしたらしく少し赤くなっただけでそれも直ぐにひいた。
 流石に顔を腫らした状態で挙式をするのはまずいので安堵したが、そもそも食事中に触ったユーリウスに非があるので仮にそうなっても仕方がないとは思う。

「それよりいくら応接間といえ、これからはロベルトと二人きりにはならないで欲しい。今日は私が早めに帰ってきたから良かったが、もしそうでなければ襲われていたかも知れない」

「襲われ⁉︎ 流石にロベルト様に限ってそんな事あり得ませんよ。心配し過ぎです!」

 突拍子もない事を言われたので思わず笑ってしまったが、真剣な表情を崩さないユーリウスに口を噤む。失礼だったと反省をする。

「分かっている。だが君が他の男に奪われてしまわないか心配で堪らないんだ。例えそれが弟だろうと同じだ。ロベルトは私と違って愛嬌があり人から好かれる素質がある。君だって本当はロベルトみたいな男性がいいんじゃないか?」

 自嘲する彼にエレノラは眉を吊り上げる。

「ユーリウス様は、私の事を信じて下さっていないんですね」

「違う、君の事は信頼している。本当だ! だが……」

 項垂れる彼を見て胸が苦しくなる。
 以前彼の父である公爵は正妻とその息子であるユーリウスを放置して、当時愛人だった現夫人とその子供であるロベルトを可愛がっていたと話していた。
 先程は平然と会話をしているようにみえたが、本当は複雑だったのかも知れない。

「私はロベルト様の事は割と好きですよ」

「っーー」

「でも、それだけです。確かに義弟として好感はあります。目の前にいればお話もしますしロベルト様の事も考えますが、普段何となしにロベルト様の事を考える程の関心はありません……って、ユーリウス様⁉︎」

 まだ話しているのにも拘らず、ユーリウスはエレノラを勢いよく抱き締めた。

「それなら私の事は考えてくれているのか?」

「それは……」

 以前はクズが! クズ男! 駄犬が! などと否応なしに考えていたが、今はこうやって抱き締められたりした事や彼の笑顔などを気付けば考えるようになっている。
 だがそんな恥ずかしい事は言えないし、それに前者は言ってはいけないやつだ。墓場まで持っていこうと決意する。

「私は毎日君の事で頭がいっぱいだ」
 
「え……」

「もっとずっと側にいたい。声が聞きたいし、こうやって抱き締めたい」

 ユーリウスは自尊心が高い癖に、小っ恥ずかしい事を平気で言ってくる。聞いているこっちまで恥ずかしくなってしまうが、嫌ではない。

「私も気付いたら、いつもユーリウス様の事を考えています」

 彼の大きな背中に腕を回す。
 これまでは、フェーベル家の事やお金の事、生きるだけで精一杯で他の事など考える余裕はなかった。だが今はユーリウスがその負担の半分いやそれ以上を担ってくれている。
 
 挙式の準備で忙しい中でも資料を作成しエレノラに分かり易く説明をしてくれた。またフェーベル家再建のために派遣する候補者を連れて来ると、エレノラに判断を委ねてくれた。
 彼からの気遣いが本当に嬉しい。

「エレノラ……」

「ユーリウス様……っ」

 不意に彼の腕の中から解放される。すると今度は彼の手がエレノラの頬に触れ親指で唇を撫でられた。
 その瞬間、ピクリと身体が反応してしまう。
 熱を帯びた瞳に見つめられ、心臓が煩く脈打ち身体中が熱くなるのを感じる。
 そのままユーリウスの顔が近付いてきて……キスをされるかと思ったが、額と額を合わせるとゆっくりと離れていった。

「ぁ……」

 まるで残念と言わんばかりに小さな声が洩れる。

(べ、別に期待なんかしてないから!)
 
 拍子抜けしたエレノラは深く息を吐いた。
 


「明日からは同じベッドで一緒に寝れるんだな」

 平静を取り戻すために暫し俯いていると、さらりとそんな事を言われた。
 また一気に顔が熱くなるのを感じる。
 考えなかった訳ではないが、そもそも初夜は疾うの昔に過ぎている。なので挙式後にするかどうかは分からないと気楽に考えていた。
 そもそもファーストキスもまだなのに、それ以上の事など想像も出来ない。
 先程顔を近付けられただけで、恥ずかしくてどうしようもなかった。

「あ、あの、一緒に眠るというのは添い寝するという意味ですよね?」

「……」

 恐る恐る彼の顔を見る。
 沈黙が流れ互いに見つめ合う。

「……やはり、私に抱かれるのは嫌か?」

「っ‼︎」

 免疫がないエレノラは、直接的な言葉に硬直をした。

「無理強いはしない。君の気持ちが変わるまで待つ覚悟はしている。だがこれだけは覚えておいて欲しい。君以外の女性に私の子を産ませるつもりはない」

 だがそれだと仮にエレノラが拒否し続けたらいつまでも跡取りが出来ない事になる。
 貴族社会において跡取りを作る事はもはや義務だろう。いくら田舎貴族のエレノラでもその重要性は理解している。

「もし将来跡取りがいない状態で、ロベルトに子がいたならばその子に継がせればいいと考えている。若しくは養子を迎えればいい。だから君は自分の気持ちを大事にして欲しい」

 きっと彼なりに真剣に考えてくれたのだろう。
 この数ヶ月、挙式の準備をしていく中で、彼が変わろうとしている事を確かに感じた。
 たまに駄犬が垣間見える事もあったが、今ではそれも可愛いとすら思えてしまう。但し”たまに”限定ではあるが。以前のように本当の意味で駄犬に戻るなら、可愛いどころかただのクズだ。

「そこまで考えて下さったんですね」

「私は君の夫だからな。妻の気持ちに寄り添うのは当然だろう」

「それなら、妻として夫の気持ちに寄り添うのも当然ですよね」

「それはっ……」

 ユーリウスは目を見張り固まる。
 
「抱いて下さい、ユーリウス様」

 はにかみながら小さな声で言った。
 すると彼が勢いよく抱き付いてきて、そのままベッドに押し倒されてしまう。

「エレノラっ、優しくするから心配しなくていい」

「って、今じゃないですから‼︎」

「ゔっ⁉︎」

 思わず股の間を蹴り上げると、ユーリウスは床に転がり暫く悶絶していた。
 更にその後、眠っていた筈のミルが飛んできて同じ場所に飛び蹴りを喰らわしトドメを刺した。
 
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