一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん
◆大神優牙 : 記憶の中の父親
「大神君、格ゲーは得意?」
愛原とルミさんが食器の片づけを始めると、おじさんは徐にテレビ台の下からゲーム機を取り出す。
「得意って程ではないですけど、それなりに。でも――」
随分と年季の入ったゲーム機だ。
本来の色である灰色は薄れ、部分的な日焼けとボタンの落ち込み具合はかなりの物。
おじさんは朗らかな笑顔で俺を見つめているが、おそらく相当な玄人だ。
はたしてまともに相手を出来るのか。
不安げにゲーム機を見下ろしていると、
「大丈夫、まだ使えるよ、これ」
「いえ、そういう事ではなく……」
「あぁ、そうか、そうだよね。勝負するには何か賞品があったほうがいいよね」
「あの、そういう意味でも……」
「よし! 君が勝ったら鈴をお嫁さんにしてあげよう!」
おじさんは高らかに宣言すると、悪役のように声高らかに笑った。
「そんな事言って、まぐれで俺が勝ったらどうするつもりですか?」
「ははは、大丈夫だよ。負ける気なんてこれっぽっちも無いからね」
おじさんは自信満々でゲーム機にディスクをセットし、華麗に操作する。
酔っているのかと思ったが、そうでも無いようだ。
「そう言われると、勝ちたくなります」
「おっ! いいねぇ、やる気だねぇ」
おじさんは無邪気な笑顔を作り、上機嫌でテレビ画面に齧りつく。
レトロな音楽が流れる中、おじさんの笑いと共にゲームが始まった。
初心者相手に手加減無しのおじさん。
爆笑したり、ほくそ笑んだり、ふざけてみたり。
なんて愉快な人だろう。
俺の父親とは正反対の人間だ。
本当は今日、愛原の父親に会うのが怖かった。
自分の父親を思い出しそうだから……。
けど、高校生と格げーで真剣勝負する姿を見ていると、なんだか穏やかな気持ちになった。
父親か……。
あんな事が無ければ、今頃はまだ一緒に暮らしていたのだろうか。
今、どこで何を――
「あ……」
いつの間にか、俺が操作していたキャラクターが仰向けで倒れていた。
「はっはっはー! まだまだ現役だぞ!」
「流石ですね」
「こんなの準備運動だよ。本番はこれからさ」
おじさんはニコニコしながら右腕をグルグル回す。
俺に勝たせてくれる様子は無い。
「あの、出来ればもう少し練習させてくれるとありがたいのですが……」
ダメもとでお願いすると、おじさんは急に寂し気な表情を見せた。
「じゃあ、練習しながら少しだけ真面目な話をしてもいいかな?」
「真面目な話……ですか?」
コントローラーを持ったまま首を傾げると、おじさんがこっくりと頷く。
「あぁ、鈴の事なんだけどね」
「――え?」
思わず出た声と指先が連動し、俺が操作しているキャラクターが必殺技を繰り出した。
「おっと! 危ない危ない」
おじさんはおどけた表情を作るが、その眼差しはどこか暗い。
「あの……」
「あー、いや、そんな大したことじゃないよ。ただ、鈴が学校でどんなふうに過ごしているか聞きたくてね」
寂しそうなおじさんの声。
驚いた。
俺の目には隠し事の無い仲良し親子に見えていたからだ。
それとも、世の中の父と娘の関係とはこんなものなのだろうか。
俺は適当にキャラクターを操作しながら、学校での愛原の姿を思い浮かべた。