一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん
01.せなかあわせ

◇愛原 鈴 : 始まりの絶叫


八月下旬。
今年の残暑はいつまで続くのか。
()だるような暑さの中、日陰を頼りにひたすら歩く。
滴る汗と首に(まと)わりつく髪。

早く解放されたい。

無意識に歩みが早くなると共に、被っている帽子が揺れて脱げそうになる。

あと少し、もう少し。

けれど、渦巻く熱風に襲われて、慌てて帽子に手を伸ばした。

重い……。
 
お気に入りの赤い帽子に伸ばした両手には、野菜たっぷりの買い物袋。
悲鳴を上げる筋肉に心が折れそうになったが、帽子を守るためには耐えるしかない。
 
誰にも見られてはいけないから……。
 
注意深く辺りを見渡す。
意図しない筋トレをしながら歩く住宅街に、人の気配はない。
今日は夏休み最終日、みんな家でのんびりしているのだろうか。
安堵しつつも小さな溜息が出る。
 
明日からまた学校か……。
 
暗澹(あんたん)とした気分が、手にした買い物袋よりも重くのしかかって来た。
足が止まる。
沈みかけた心を(すく)い上げるように、再び熱風が吹いた。
 
早く行かなくちゃ!

住宅街を小走りで進み、手の感覚が麻痺して来た頃、やっと目的の場所に辿り着く。
 
私の大好きな場所。
古民家カフェのような、趣のある一軒家だ。

「みっちゃーん、いるー?」

施錠されていない引き戸を当たり前のように開き、買い物袋を玄関に置いた。
何度呼びかけても人の気配は感じられない。
 
留守なのかな……。
 
指の感覚を取り戻す為、手を擦り合わせながら玄関を出て縁側へ向かうと、真っ白い巨大な毛の塊が飛びついて来た。

みっちゃんの愛犬、ダイフクだ。
白くてまん丸だからダイフク。
犬種は不明。

「ダイフク、みっちゃんどこ行ったか分かる?」
 
ダイフクは尻尾を振りながら寂しそうに鳴く。

「そっか、分かんないか……」

まぁ、そのうち帰って来るだろう。
それまではお楽しみのモフモフタイムだ。

ダイフクの額に顔をひっつけ、感覚の戻った指先で柔らかな毛並みを堪能していると、カタカタと小さな物音が耳に届く。

どこからだろう。

ダイフクも動きを止め、家の中を凝視している。

「みっちゃん、いるの?」
 
縁側から声をかけるが相変わらず返事は無く、吹き込む風で半開きの障子戸が音を鳴らしているだけだった。
 
なんだ、風か……。
 
そう思ったものの、妙な違和感を覚えて障子戸の隙間から居間を覗く。

あ……。
               
座布団の上にデニム姿の足が見えた。
傍には静かに首を振る扇風機。
みっちゃんは昼寝をしているらしい。

「みっちゃん、そんな所で寝て暑くないの? 熱中症になっちゃうよ」

私は縁側から居間へ上がり込み、そっと障子戸を開けた。

「ねぇ、みっちゃ――じゃない……」

黒いボサボサの髪。
逞しい二の腕。
捲れた白いシャツの下には、綺麗に割れた腹筋。

だ、誰……?

居間で昼寝をしていたのは、みっちゃんでは無く体躯(たいく)の大きな若い男だった。
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