一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

◇愛原 鈴 : 噂の真相


「残業!?」
 
みっちゃんの家に着いて早々、お父さんが仕事の都合で来られない事が伝えられた。

「そうなのよ。さっき連絡が来て、夕飯も間に合いそうにないって」
「そんな……」
 
台所で鍋の準備をしていたみっちゃんは、分量の調整をしながら私に微笑む。

「あら、いないとやっぱり寂しいの? 昨日までは迷惑そうにしてたじゃない」
「それは――」
 
こんな日に限って賑やか担当お父さんがいないなんて、どんな感情で鍋を囲んだらいいんだろう。
クラスの子達が教えてくれた噂話が気になって、大神君の顔をまともに見られる自信が無い。
 
もし本当の話だとしたら、みっちゃんは知ってるのかな?

確かめるべきか台所の前で逡巡していると、みっちゃんは何かを思い出したように振り返った。

「そういえば大神君は? 一緒に帰ってこなかったの?」
「え? あ、う、うん……」
「どうした? 何かあった?」
「ううん、何も……鍋の準備手伝うよ!」

真実を知る勇気が無く、誤魔化すようにみっちゃんの隣に立つ。
 
こんな時は何も考えず、手を動かそう!

――なんて、思っていても、野菜を切りながら大神君の噂話を思い出していた。

夜な夜な繁華街をうろついていた事。
地元の高校生と喧嘩して大怪我させた事。
それが原因で入学予定だった高校に進学できなかった事。

答えあわせのように、数日前の先輩との出来事が思い出される。
 
噂話は本当――。
 
あの時、大神君は確かに言っていた。
私は自分の事で精一杯で何も考えられなかったけれど、先輩達が異常なほど怯えていたのを覚えている。
 
本人が噂を肯定しているのなら事実なのだろうけれど、私は優しい大神君しか知らない。

どっちが本当の大神君?
どっちも本当の大神君?
確かめるべきか否か。
知らないふりをするべきか。

悩みの方向性すら見いだせずにいると、

「ただいまー」
 
良いのか悪いのか、絶妙なタイミングで大神君が帰ってきた。
 
みっちゃんは足早に玄関へ向かったが、私は顔を合わせる勇気が無くて台所で豆腐を切り始める。大きさに気を付けながらも、耳だけは玄関に集中させた。

「おかえりなさい、遅かったわね――って、どうしたの? なんか凄い疲れた顔してるけど」
「あぁ、えっと、とも――クラスの奴に捉まって、ちょっと……」
「あらやだ喧嘩?」
「違いますよ、ちょっと雑談してただけです」
「そう、それなら良いんだけど……あ、そうだ、パパさんから伝言を預かってるの。忘れないうちに伝えておくわね」
「伝言?」

不思議そうな大神君の声。
私も豆腐を切りながら首を傾げた。
私じゃなくて大神君に伝言?
なんだろう。
大神君の迷惑になるような事じゃなければいいけど……。
 
そう願ったのも束の間、

「今日、残業で遅くなるから、鈴の事を家まで送って欲しいって」
「――っ!?」
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