一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

◆大神優牙 : 賑やかな目覚め


「きゃぁぁぁ!」

可愛らしい悲鳴で目が覚めた。
見覚えの無い天井に一瞬自分の居場所が分からなくなったが、ここが下宿先である事を思い出して胸を撫で下ろす。
 
あまりに居心地が良くて眠ってしまった。

早く荷物の片づけをしなければいけないのに……。

人様の家で熟睡できる図太さに呆れながら体を起こすと、目の前で赤い物体が揺らめいた。
 
ん? なんだ?
 
寝ぼけまなこを擦り焦点を合わせると、赤い帽子をかぶった小柄な女の子と目が合う。

さっきの悲鳴は夢じゃなかったのか。
 
彼女の怯えるような瞳に、数か月前の記憶が蘇った。

入学したばかりの高校。
緊張感が漂う教室での自己紹介。
紺色のブレザーを纏った生徒達の中に、不自然に浮かぶ赤いビーニーキャップ。
彼女は廊下側の一番後ろの席で、自分の名前すら忘れてしまったかのような不安げな表情で佇んでいた。

教室に流れる冷ややかな空気。

長い沈黙の時間はもちろんの事、赤い帽子が余計に注目を集めていた。
見かねた男性教師が彼女の帽子の理由を説明すると、教室の空気が一変したのをよく覚えている。
確か、事故が原因で大きな傷があるだとか、後遺症があって激しい運動が出来ないだとか、そんな理由だった。
インパクトが強くて、記憶力の悪い俺でも一番に覚えたクラスメイトだ。
 
名前は確か――愛原鈴(あいはらすず)だったかな。

確認の意味も込めて、驚かさないようにその名前を呼んでみる事にした。

「んー? 愛原?」
「え……?」

彼女は目を見開き、赤い帽子を両手で押さえながら俺を凝視する。
名前を間違えたか、俺がクラスメイトだと気付いていないのか、何をどこから説明すべきか悩みあぐねいていると、彼女の表情が恐怖から驚嘆に変わった。

「お、大神君!?」

その声を聞いて安心した。
教室で空気状態だった俺の名前を憶えていてくれたことと、俺が彼女にとって無害である事の説明を省略できるから。

だがしかし、ここで昼寝をしている理由を説明しない限り、彼女の警戒心は解けそうにない。
そもそも、彼女はなぜここにいるのだろう。
ここの家主は一人暮らしだったはず。

一度にいろんな事が起き過ぎて、考える事が億劫になっていると、

「たっだいまー、あら、野菜がいっぱい! 鈴が来たのかしら?」

玄関から快活な女性の声が届いた。
近所へ出かけていた家主が帰って来たのだ。

「みっちゃん!」
 
愛原は跳ねるように玄関へ走り出すと、程なくして「みっちゃん」と呼ばれた家主と共に戻ってくる。その手には大きな二つの買い物袋。
腕力の限界に達しているのか、愛原の両腕が小刻みに震えている。
手伝おうかと立ち上がりかけたが、家主の「みっちゃん」に先を越され、視線で制された。
なくなく手伝いを諦めて二人を眺めていると、ある事に気が付く。
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