一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん
◇愛原 鈴 : 暴かれた過去
十月中旬。
二日間の日程で行われる学園祭。
まだまだ先の事だと思っていたのに、あっという間に当日を迎えてしまった。
今日はその二日目。
初日の昨日は校内の生徒と関係者のみ参加で、見知った人物の接客だけだったから良かったけれど、二日目の今日は一般開放日。
近隣住民や他校の生徒もやって来る日だ。
それだけでも緊張するのに、私にはもう一つ試練がある。
帽子の卒業――。
今の私にできるのだろうか……。
教室の一画に設けられた臨時の更衣スペース。
衝立で仕切られただけの小さな部屋で、私は途方に暮れていた。
メイド服にも接客にも、まだまだ羞恥心はあるけれど、頑張ればいいのは今日一日。
ただ、それだけの事なのに……。
そっと頭に手を伸ばした。
髪の間から飛び出した猫の耳。
指先に伝わる滑らかで柔らかな感覚。
人間の皮膚でも髪でも無いそれは、確かにここにある。
見る事も触れる事も出来る罪の証。
猫殺しの印。
帽子を持つ手が震えた。
これが私にしか見えないなんて、本当なの? 大神君……。
ぼんやりと鏡の前で佇んでいると、
「愛原さん、準備終わった?」
暗澹とした心の中に、穏やかで優しい声が流れ込んでくる。
星崎君だ。
あの日、大神君が屋上から去った後、私が落ち着くまでずっとそばに居てくれた優しい人。
彼には私の猫耳が見えなかった。
でも、見えないふりをしていただけなのかもしれない。
星崎君は優しくて良い人。
だから嘘なんてつかない。
星崎君は優しくて良い人。
だから嘘をついている。
何度自分に問いかけても、心の片隅にある猜疑心が私を引き留めた。
「ごめん、もう少し!」
そう伝えると、急いで猫耳付き帽子をかぶる。
弱い自分に落胆しながら更衣スペースを出た。
「愛原さん、やっぱ似合うね」
「あ、ありがとう。星崎君も……」
想像どおりの執事姿に胸が弾む。けれど、私は無意識に大神君を探していた。
「大神ならまだ来てないよ」
「え! えっと……」
バレてた。
恥ずかしい。
「最近、大神と話して無いみたいだけど大丈夫? 俺に何か出来る事あったらいつでも頼まれるよ」
「ありがとう。でも大丈夫、自分でなんとかする」
「そっか……」
少し寂しそうな表情を作る星崎君。
こんな時に返す適切な言葉が見つからず、気まずい時間を過ごしていると、
「愛原さーん、そろそろ時間だよー」
天城さんの呼ぶ声が聞こえた。
「は、はい!」
星崎君との微妙な空気感に堪えられなかった私は、救いを求めるように返事を返す。
だが――、
「あ、待って」
「え?」
不意に星崎君の手が私の帽子に伸びて来た。