一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん
08.よりみち

◆大神優牙 : 新しい友達


何だか胸の奥がむずがゆい……。

一生感じる事は無いと思っていた他人の温もり。
母親とは違う不思議な感覚。
耐え切れなくて先に帰るように突き放してしまったが、気に障っていないだろうか。
考えれば考えるほどむず痒さは増していく。
 
言い様の無い胸の違和感と戦いながら教室へ戻ると、

「やっと戻ってきた。さっさと帰るぞ、色男」
 
椅子に座り、残り物のコーヒーを啜る星崎に声をかけられた。
その表情はどこか不機嫌そうで、俺を見つめる瞳がなんだか怖い。

「星崎……怒ってる?」
「別に。怒ってるように見えるなら、お前が戻って来るのが遅くて待ちくたびれたからだ」
「別に約束してた訳でもないし、待ってなくても……」
「お前の為じゃない。愛原さんの為だ」
「愛原?」
「お前の事が心配だから戻って来るまで待つって言ってたんだけど、随分と疲れてるみたいだったから帰したよ」

そう言い終えると、星崎は途轍もない仏頂面を作る。
気づいていないのか隠す気が無くなったのか、感情がダダ漏れだ。

「そうか、それで星崎が代わりに……だが……」
「なんだよ。俺じゃ不満か?」
「――いや、色男とはなんだろうかと」
「それは……」

星崎は口を尖らせてそっぽを向く。
今日は随分と歯切れが悪い。いつもならもっと饒舌に――ん? あぁ、そういう事か。

俺と愛原の青春の一ページが脳内に蘇る。

「覗きは良くないぞ」
「の、覗いた訳じゃない! 偶然だ偶然!」
「偶然なぁ……」
「ほ、本当だって、カフェが混み始めて人手が欲しくなったんだ。それで屋上に――」

あわてて(かぶり)をふる星崎。
ちょっとからかいすぎたか。

「マジで見てたのか、冗談だったんだが……」
「は? おい!」

星崎は頬を紅潮させて慌てふためく。
その姿が面白くて吹き出しそうになり、星崎に背を向けた。

「別に見られて困るような事はしてない。星崎が思ってるような関係でもないしな」
「そうか? 俺にはそういう関係にしか見えなかったけどな」
「それはお前が片思い中だからだろ? 気のせいだよ」
「……はっきり言うなよ」

尻すぼみになって行く声。
今まで散々否定していたのに、今日はとても素直だ。

まさか、本気でライバル視されているのか?

振り返って星崎の目を力強く見据える。

「俺と愛原は、恋とか愛とかそんな可愛らしい関係じゃない。仲間って言うか、なんて言うか、似た者同士って奴だ」

そう言った途端、星崎は表情を崩壊させた。

「いやいや、美女と野獣レベルで違いすぎるだろ、どこが似てるんだよ――って、聞いたところで、また話せないって言うんだろ?」

「そうだな、愛原の事は話せない。けど、俺の事なら――」

そう口にすると、星崎の表情が華やぐ。

「聞いて良いのか?」
「あぁ、条件付だけど」
「な、なんだよ」

一体何を想像しているのか、星崎は顔を引きつらせた。
金でも請求されると思ってるのだろうか。
何だか言い出し辛い。
俺は徐にスマホを取り出し、おずおずと差し出した。

「……連絡先、教えてくれ」
「は?」
 
間の抜けた声と顔。
羞恥心に磨きがかかる。

「俺、まだお前の連絡先を知らない」
「あぁ、まぁ、それは構わないが――なんて言うか、そんな事で良いのか?」
「俺にとっては重要な事だ。話を聞いたら教えたくなくなるかも――」
「はは、ならないならない」

星崎は俺からスマホを奪い取り、素早く操作し始めた。

「いいのか?」
「良いも悪いもあるかよ、友達だろ?」

清々しい星崎の笑顔と声。
また、胸の奥がむずがゆくなる。
 
この胸の疼きは暫く続きそうだ……。



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