一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん
10.おいかけっこ

◇愛原 鈴 : 恋と猫と旧友と


動物園なんて、最後に来たのはいつだっただろうか……。
 
遠い記憶を呼び起こしながら、カラフルなゲートをくぐる。
途端に動物たちの元気な声が聞こえ、薄れていた記憶が蘇った。
 
あぁ、そうだ。
小学校の遠足だ。
あの時は確か――、
 
不意に友達だった子を思い出してしまい、気持ちが滅入る。
小学生時代に一番仲が良かった女の子。
私が死なせてしまった猫の飼い主。
花宮陽華(はなみやようか)の顔が脳裏に蘇った。

陽華ちゃん……。
 
不穏な記憶に心が呑みこまれていく。
消し去ろうと(かぶり)を振っても、どんどん記憶が溢れて来た。

ダメだ。
今思い出したら絶対にダメ。
もっと今を楽しまないと!
 
なんとか記憶の蓋を閉めようと躍起(やっき)になっていると、隣を歩いていた星崎君がピタリと足を止める。

「愛原さん、大丈夫?」
「――っ!? えっと……」
「何か考え事してるよね。ずっと……」

星崎君の優しい声と表情に、闇に沈んでいた心が掬い上げられた。
魔法――という言葉が一番しっくりくる感覚。
陰鬱な小学生時代の記憶を一気に吹き飛ばしてくれた。

「ごめん、ちょっと昔の事を思い出してて……」
「あ、いや、謝らないで、俺も気になる事があって少しぼんやりしてたから」
「気になる事って?」
「大神の事だよ。あいつの用事って猫探しなんでしょ?」
「知ってるの?」
「うん。けど、野良猫って聞いてたから、遊びの誘いを断るほどだとは思って無くて――」
 
後悔を含んだ声に少しホッとする。
私も同じ気持ちだからだ。

「大神君にとっては大事な友達みたいだよ」
「だったら一人で探すなんて無茶な事しないで、ネットとか使って大々的にやった方がいいと思うんだけどなー」
「自分で見つけなきゃ意味ないって思ってるんじゃないかな」
「気持ちは分からなくもないけど、ウチの猫も昔居なくなった事があって、ネット使ったら奇跡的に見つかったんだよ――でもまぁ、野良は難しいか……」

星崎君が悩ましげに首を傾げると、檻の向こうのライオンがマネするように首を傾げた。その姿が可愛くて、二人で同時にスマホを構える。

「星崎君、猫飼ってるんだね」
「うん」
「どんな猫?」
「あ、写真見る? スマホに何枚か――」

私の問いかけに、星崎君はとても嬉しそうにスマホを操作し始めた。
その表情から、猫が大好きな事が伝わってくる。
星崎君の新たな一面が知れて嬉しい反面、どうしたって猫からは逃れられないのだと悟り気分が沈んだ。

自分で振った話題なのに……。
 
この後、どんな顔をして猫の話をしたらよいのか、悩みながら星崎君の顔を覗き込む。

「星崎君?」
 
何かあったのか、意気揚々とスマホを操作していた手が制止していた。
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