■□ 死 角 □■
プロローグ


■プロローグ

「はーい、みんな~!今日はこの画用紙にきれいな四角を描きましょうね~」

明るくて若い保育士の先生の言葉に、園児たちは手渡された画用紙に各々好きな色のクレヨンを持ち、四角を描き始める。
私もそれにならった。
“先生”や“親”の言うことは絶対だったから。
そこに何の疑問も抱かなかったし反抗することもなかった。

でも

反抗することはしなくても、与えられた指示をきちんとやりこなせるかどうかは別だ。
私は四角をどうしてもきれいに画用紙に描くことができなかった。お気に入りのピンクのクレヨンの屑が手に纏わりつくぐらいしっかりと握りしめて画用紙に線を走らせたのに
それはどうしても歪で、正四角形とは程遠い楕円の出来損ないだった。

隣を見ると幼馴染である陽菜紀(ひなき)はもうすでに四角を描き終えていて、先生の指示以外の星型を描いている。

赤い四角と黄色の星。
それが隣り合っていたのを覚えている。

「ひなきちゃんそれきれい」

私は言った。陽菜紀は得意げになって私の画用紙を覗きこんできてこう言った。

「あかりちゃん、まだしかくかけてないね」
「うん。あかり、まだじょうずにかけない」
「かしてみて。こうやってかくんだよ」

陽菜紀は私のクレヨンを握った手の上に自分の手を重ねてそっと動かした。
陽菜紀が動かしてくれたおかげで歪な楕円の上に、今度はきちんと四角の図が描けた。次いで陽菜紀は星の描き方も教えてくれた。

「ひなきちゃんすごーい」
私はひどく感動した。

それを見ていた先生が

「ひなきちゃ~ん、四角上手に描けてるね~。でもお星さまはまだみんな上手に描けないから、みんなと同じペースでいきましょうね」
苦笑いを張りつけて周りを見やる。
上手に描けないと言う園児に、当然私も入っているのだ。

私は―――星どころか、四角すらまともに描けない。

「みんなといっしょにってどうゆうこと?ひなきはみんなじゃないし、みんなはひなきじゃないよ」
陽菜紀のこの言葉は今でもずっと覚えいるし、生涯忘れないだろう。
そして先生の苦笑いが、はっきりと苦いものに変わっていったのも。


「ねぇ、ペースってなぁに?」


このときから私は陽菜紀の言うことが多くを示し、導き、やがて
支配していくのだ、と言うことに気づいていなかった。
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