■□ 死 角 □■
招かれざる客。

■招かれざる客。


この日はゴールデンウィーク前だと言うことで、気温も上昇していた。しかし夜は冷え込むかもしれない、と言う懸念を抱いて薄手のトレンチコートをひっつかみ、私はアパートを出た。

沙耶ちゃんは私に『鈴原さんと陽菜紀が以前付き合っていた』と言う事実を口にした途端、何者かによって突き落とされた。もしかして事故かもしれないけれど、曽田刑事さんの言う通り事故だったとしても通報していないから充分に故意があったと言っていいだろう。

しかもその人物は沙耶ちゃんの顔見知りだった可能性が大きい。

鈴原さん――――………?

ねぇ、あなたなの?沙耶ちゃんを突き飛ばしたのは―――
その考えを払拭したくて。きっとそうであって欲しくないと言う願いね。それを確認するため。

電車を乗り継いで向かった先は、陽菜紀と鈴原さんが勤めていたと言うセントラルホテル。確か鈴原さんはレストランで働いていたと言っていた。このホテルにレストランは一つ。それもかなり高級志向のもので、入るのに戸惑ったがここまで来て引き返すのもどうかと思われた。

入口のガラスのショーウィンドウの手前で制服姿のウェイトレスが「いらっしゃいませ」と恭しく頭を下げた。

「あ、あの……私、お客じゃないんです。その……七年ぐらい前からお勤めされている店員さんがいらっしゃると聞いたのですが。その方今日いらっしゃいますか」と聞くと、そのウェイトレスは怪訝そうな表情をつくった。考えたら私、その社員の人の名前はおろか男性か女性かも沙耶ちゃんから聞いてない。

「どう言ったご用件で」とウェイトレスが声を低め、
「あの…私、佐竹……じゃなくて片岡 陽菜紀の友人なんですが……片岡さんの事件ご存じですか」と顎を引き聞くと

「ああ……」とそのウェイトレスはどこか納得の言った感じで頷き、「少々お待ちください」と言って一旦ホールから、きっとキッチンになっている扉をくぐっていった。それから数分で四十代半ばと思われる男性が現れた。制服姿ではなく、カッチリとしたスーツ姿だった。


「店長の藤堂(とうどう)と申します。佐竹……さんのことでお尋ねとか」と丁寧に挨拶されて私は慌てて頭を下げた。
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