■□ 死 角 □■
死角からの転落
■死角からの転落
優ちゃんはジーンズとニットと言う軽装で、キャップを目深にかぶっていた。その鍔の下でギラギラと光る険悪な視線が私を捉えている。
「……どうして…?もう体は……大丈夫なの…?」と震える声で何とか口に出すと
「おかげ様で」と優ちゃんが低く唸るように言った。だが表情だけは妙に据わっていてそれが逆に怖い。優ちゃんは「灯理ちゃん、ちょっと良い?」と以前、曽田刑事さんが連れて行った非常口へと顎をしゃくる。
断る口実が思い浮かばなかった。私は優ちゃんの後に続いて、非常扉の向こう側へ向かった。そこは時間の関係か、或は心情が影響しているのか、以前見たときより一層薄暗く冷えていて不気味な感じがした。
重い鉄の扉がパタンと閉まるのを確認すると、優ちゃんは前触れもなく私の胸倉を掴み
「あんたのせいよ!!」と開口一番に怒鳴ってきた。
「な……何…」優ちゃんの突然の暴挙に私は抵抗することはおろか、まともに答えることもできなかった。
「あんたが何もかもぶち壊した!あんたが何もかも私から奪った!伸一さんの愛情も、私の人気も!おかげで私は家に住めなくなって町を追い出される羽目になったわ!」
「それは……」
自業自得じゃない。
と言いたかったけれど、この険悪な雰囲気の中言い出せるわけがない。狭い踊り場で私たちはもつれるようにして取っ組み合っている。と言いたいけれど、一方的に優ちゃんに攻められるだけで、私は抵抗らしき抵抗はできない。その訳に幾ら優ちゃんが身勝手だと思ってもお腹の子に罪はない。と言う意識があるからだ。ここで下手に抵抗したら今度こそ赤ちゃんを殺しかねない。
「ちょっと…優ちゃん。落ち着いて……ね…」と優ちゃんを宥めようとしたが、それが彼女の神経を逆なでしたのだろう。
「ふざけんじゃないわよ!」優ちゃんの叫び声が非常口に反響して、壁や扉や階段がビリビリ音を立てているようだ。
「あんたが居なければ!あんたさえっ!!」
優ちゃんが叫び、私の両肩を掴みながら力の限り押した。いつの間にか私は下りの階段の手前だったみたいで、優ちゃんの力で押しだされた私は階段を踏み外した。
一瞬……そう、ほんの一瞬だけ後ろを向くとそこはどこまでも続きそうな真っ逆さまな階段と、その奈落を思わせる真っ黒な踊り場が視界に飛び込んできた。どんよりと薄暗い、濁った灰色にも見える。
ただ、その場所は私の身を受け止めるように誘っているように見える。
私の“死”と言う形で。
バランスを失った私の体が宙に浮き、悲鳴を挙げたのかどうか分からなかったが、目の前が急回転した。
落ちる――――