■□ 死 角 □■
刑事の足

□ ■ Detective's foot’s ■ □


俺は何をしているんだろう。

この十分で何度そう思っただろうか。外套が乏しく、薄暗い路地の電柱にもたれて佇み、視線の先には中瀬 灯理のアパートがあった。アパート自体は築30年程だろうか。お世辞にもきれいとは言い難いが、駅から割と近いし南向きだ。それなりに良い物件なんだろう。

しかしこう言っちゃなんだが片岡 陽菜紀の暮らしていた煌びやかなマンションとは雲泥の差である。女性の一人暮らし向けかどうかと問われれば、否。

二階建ての一階部分、手前から二番目と言う部屋が中瀬 灯理が住む部屋だった。内部の間取りがどうなっているのかは分からないが、共用廊下側にある窓からうっすら明かりが漏れているのを見ると、彼女は部屋に居るのだろう。

つい一時間前に、中瀬 灯理は荒井 沙耶香の入院している病院からここに帰ってきた筈だ。厚木 優子の緊急逮捕と言う慌ただしい出来事があったが、俺は厚木を連行するのを駆けつけてきた別の刑事と久保田に任せて、一人ここに来たしだいだ。

俺が「ちょっと野暮用思い出した。休憩してくる。一時間程で帰る」と久保田に言うと「はぁ!?このタイミングで!てかどこに行くんですか!」とヤツは目を吊り上げていた。「単独捜査は職務規定違反ですよ」とまるでお局OLのようにガミガミと小煩い。

「分かってるよ。だからこれは捜査じゃないって。これ、お前に預けておくから」と警察手帳を久保田に手渡すと、久保田は盛大にため息を吐きながら「いいですよ、そこまでしなくても。でも一時間で絶対帰ってきてくださいね」と、しっかり言い置かれた。
久保田の小言を聞き終えるとほぼ同時に、手近に居たタクシーを捕まえようとして
「曽田さん!お願いですから、変なことしないでくださいね。俺、試験控えてるんで」と久保田のハラハラした声が追ってきたが俺は適当に手を振り返した。

そして今に至る。

野暮用と言うのは、言葉通り野暮なことだ。

俺は何故―――中瀬 灯理のアパートに来ているのだろう。
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