■□ 死 角 □■
シンデレラの魔法が解けたとき
■シンデレラの魔法が解けたとき
優ちゃんが逮捕されてから数日経った。
数日間、平和と言うのもおかしなことなのに、特にこれと言った出来事はなく日々は淡々と過ぎていった。鈴原さんとの仲も良くも悪くも進展はしていない。ただ彼は日課のようになっているのか、コーヒーショップに迎えに来てくれて私を送ってくれると言う日々が続いた。
優ちゃんが逮捕された翌日、事件について好未ちゃんからまた電話があった。事情をあらかた刑事さんの誰かからでも聞いていたのだろう、好未ちゃんは私を凄く心配してくれた。感謝の気持ちと「大丈夫」と言って好未ちゃんを宥め、
そして今は―――私の職場近くのイタリアンレストランに鈴原さんと居る。
ほんの少し前……夢見た鈴原さんとデートだ。嬉しい筈なのに、どこか集中できない。
雰囲気はカジュアルバー的で、それほど高級と言う感じはしなかったけれどオシャレで凝った料理がメニューにずらりと並んでいた。店内のBGMも照明も申し分ない。
なのに、どこか『違う』と感じるのはおかしなことだ。
鈴原さんと赤ワインで乾杯して、「お疲れ様です」と言い合いながら、向かい側で鈴原さんは嬉しそうに……そしてどこか照れくさそうに笑い、料理を口にしている。
私は―――料理を食べながら…ワインを飲みながら、何故か向かい側に居る鈴原さんのことより
曽田刑事さんのことを思い浮かべていた。
『あなたに対する気持ちは嘘じゃない』
『鈴原が好きなんですか』
『大事なものを共有したお二人で想い出を分かち合うことも大切ですし、時にあなた方は大変な出来事も乗り越えられてきた』
曽田刑事さんが発した一言一句は忘れようとしても忘れらなかった。
何故だろう。念願だった鈴原さんと夢のようなデートをしているのに。
そんなことをぼんやりと思いながら、ハーブ鶏のグリルをナイフとフォークで切り分けているとき、向かい側で鈴原さんが
「あの……美味しくなかったですか…?」と不安そうに顔を曇らせている。
「いえ!そんなことは!ちょっとぼんやりしていて、ごめんなさい」と慌てて手を横に振り、私は謝った。気を悪くされたかと思ったが鈴原さんはちょっと微笑を浮かべていて
「色々ありましたからね。それより、その……」と言いかけて鈴原さんは赤ワインのグラスに口を付ける。
私が顔を上げると鈴原さんはアルコールのせいか、それとも違う理由か頬をほんのり赤く染め
「もうそろそろ敬語やめません?俺ら実は同い年だったわけですし」と切り出され
「そ、そうですね!そうだった」と私が慌てて頷くと
「それから俺のこと下の名前で呼んでくれないかな。何かいつまでも“鈴原さん”だったら他人行儀な気がして」と鈴原さんはちょっと拗ねたような子供のように口を尖らせる。
私もちょっと笑って「では、則都………さん、で」と言うと少しだけ鈴原さんは不服そうにして「“さん”は要らないんだけどな~」とフザケて、それでもちょっと恥ずかしそうに笑った。
「でも私、今まで一度も男性とお付き合いしたことないので、いきなり呼び捨てとか、慣れてなくて……ごめんなさい!急にこんな話……引き……ますよね」と目を上げて聞くと鈴原さんは最初少し驚いたように目をまばたいていたけれど
「いえ……ううん。全然引かないし、むしろ灯理さんらしいって気がする。きっと“自分”を大切にしてきたんだね」
“自分を大切に”してきたのかどうかは分からない。ただそのキッカケが無かっただけだ。鈴原さんは私を過剰評価し過ぎな気がある。私はそんな高潔な女じゃないのに。少し恥じて笑顔が苦いものに変わりつつあったとき
「それより敬語出てるよ」と鈴原さんは私の微妙な表情を気にした様子もなくまたも笑い、私も笑った。
今更、鈴原さんにどう思われていようが関係ないじゃない。今、“ここ”に居るのは紛れもない“自分”なんだから。
やっぱり私、鈴原さんのこの笑顔が好き。彼のこの空気が好き。