■□ 死 角 □■
母と女の支配

■母と女の支配


「陽菜紀と再会したのは本当に偶然だった。俺が19のとき、バイト先で陽菜紀が入ってきたときちょっとびっくりした。こっちは覚えてたけど、向こうは最初俺のことに気づかなくて」
「じゃぁその前に合コンで陽菜紀と会ったって言う話は作り話?」と聞くと
「半分嘘で半分本当。バイト仲間には本当は同郷だと言うと、あれこれ噂されるのも面倒だったから適当にそう言っただけ。陽菜紀も昔の事掘り返されたくなかったんだろう、否定しなかった」

「そう……」

鈴原さんが十九、と言うことは今から八年前になる。つまりL事件が起こる前から陽菜紀と鈴原さんは知り合っていたわけだ。

頭の中で簡単な計算をしていると

「最初は名乗るつもりはなかった。けれど言った通り陽菜紀は何かあると『灯理は』と言う言葉を出したからね、俺の好きだった……いいや、そのときもずっと好きだった名前を出されるとさすがに気になって
『同じ小学校の山田だ』と名乗り出ると、陽菜紀はすぐに思い出してくれた」

確かに……言われれば幼かった山田くんの面影があるものの、そのときすでに十年近く経っていたから記憶も薄れるし多少は顏も変わる。私や陽菜紀が思い出せなかったのも分かる。

だけど沙耶ちゃんと好未ちゃんは気付いていた―――……とは言わないまでも、どこかでその顔を記憶していたのだ。好未ちゃんはお通夜の日の同窓会で、沙耶ちゃんは告別式で「どこかで見た気がする」と言っていた。あれは単に芸能人の誰かと似ていたわけではなく、過去、時間を共有したときの記憶だったのだ。

「あなたの正体も分かったことだし、沙耶ちゃんには手を出さないで」と話を変えると
「俺の正体を知られるから沙耶香さんを殺す、と?そんなことはない。むしろいつ気づいてくれるか待っていた」
「違うの……?他にも沙耶ちゃんが私には知られたくないあなたの秘密を何か知っているって言うの?」と聞くと

「その話は後にしよう。とりあえず時系列で説明しないと、いくら頭の良い君でも絡まるだろう?ここに来た理由は真実を知りたいから、と言っただろう」

そう―――ではある。

ここは鈴原さんに従った方が良さそうだ。じゃないと何をされるか分かったものじゃない。

「ええ……ごめんなさい。続きを聞きたいわ」と先を促すと

「バイト時代の話に嘘偽りはない。陽菜紀はバイト仲間のはみ出し者で、たまたま同級生だった俺には懐いていたから、同僚たちは俺たちが付き合っているとか、以前付き合ってた、とか色々噂してたけれど、一々否定するのも面倒だったからそのまま。
それに俺の方も灯理さんの話を聞きたかったし、何なら会いにも行きたかったが、陽菜紀が

『灯理には今付き合ってる男が居るから諦めろ』と」

付き合ってる―――男性……?

「……それは…陽菜紀の嘘よ。だって私一度も誰かとお付き合いしたことがないし」

そんなの陽菜紀が一番知っている筈なのに、何故そんな嘘を―――

そんな思いで口元に手をやっていると、鈴原さんは再び大きなため息を吐いた。

「どうやら俺も君も、陽菜紀に嘘を着かれていたことになるね」
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