■□ 死 角 □■
刑事の手

□ ■ Detective's hand’s ■ □


中瀬 灯理を彼女のアパートまで送り届けたあと、運転席で久保田がわざとらしくため息を吐いた。

「曽田さん、俺が何を言いたいか、分かってますよね」
分かっていた。


この手で―――中瀬 灯理を抱きしめた。

明らかに、ルール違反だ。

でも、ルール違反を犯していると思っても、中瀬 灯理の温もりや香りが今もまだ手の中に残っているようで、早々忘れられそうにない。
彼女は思った以上に華奢でやわらかく、女独特のどこか甘くて、けれど花のような香りがした。あれはシャンプーか何かだろうか。

「いくら好みのタイプだからってやり過ぎですよ。俺はあなたの恋愛事情に一々首を突っ込みたくはありませんけれど、“あれ”は事件の関係者ですよ」
「恋愛?」
「違うんスか?俺はてっきり彼女のことが好きなのかと」
「好きもくそも、そもそも俺は彼女のことよく知らない。上辺だけのデータだ。それにな、流石に参考人に手を出そうとは思わないぜ」
「だったら良いですけど。厄介事持ち込まないでくださいよ。俺、昇進試験控えてるんで」

久保田はぞんざいに言ってギアを入れ替えると車は発車した。

久保田が運転する先は(くだん)の厚木 優子と片岡 伸一の不倫関係を暴露をした写真が送られたテレビ局だ。テレビ局に向かう道すがら
「これで厚木 優子と片岡 伸一は片岡 陽菜紀を殺す動機があったと言うことですね。
厚木 優子は片岡 伸一と一緒になりたかった為、陽菜紀が邪魔になった。厚木の身長も160㎝弱、と言うことで片岡 陽菜紀を殺すことはできる。
伸一に関しても同様、離婚に応じなかった陽菜紀が邪魔になった、と考えるのが妥当じゃありませんか?」
と久保田が自説を述べた。

「だったらあの“L”と“★”が残されてたのはどう説明するんだ?それにもしそうだったとしたら陽菜紀のケータイが何故消えた?」

「きっとL事件の模倣犯ですよ。だってLはここ五年程沈黙してる。五年経った今また犯行を再開させた理由が分かりませんよ。ケータイが消えたのはただのパフォーマンスで意味なんてありませんよ。それに今回殺された片岡 陽菜紀はL事件の被害者たちと類似点がないって言ったの曽田さんじゃありませんか」

「確かに言った」

「厚木 優子か片岡 伸一はどこかでL事件のことを知ったか思い出したかして、Lの仕業に見せかけ連続殺人の一つにしようとしていただけですよ。或いは二人の共謀かもしれませんね。
それに曽田さんこうも言ったじゃありませんか。L事件の前の被害者の靴が一足、右脚だけ持ち去られた、と。今回の片岡 陽菜紀殺しの場合、彼女の靴は全部両脚揃っていたじゃないですか。
犯人が靴を持ち去った、と言う情報はマスコミも嗅ぎつけてないことですよ。だから報道されなかった。厚木 優子も片岡 伸一もそのことを知らなかったと思えば自然じゃありませんか?」

久保田の演説が途切れるのを聞いて俺は片岡 陽菜紀のシューズクローゼットの様子を思い浮かべた。
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