【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
14. 特別な女(※sideフルヴィオ)
「……セルウィン公爵とエリッサが、婚約しただと……?」
大臣からのその報告に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。数週間後には、俺と愛するキャロルの結婚式が執り行われる。そんな中での突然の知らせだった。
幼少の頃に決められていた、エリッサ・ハートネル侯爵令嬢との婚約。それに特別不満を感じていたわけじゃない。そういうものだと思っていたからだ。俺はこの王国の王子であり、良き家柄の優秀な娘が俺を支える妻となるのは当然のこと。エリッサは賢く美しいと評判だったし、俺も頼りになる女だと評価していた。
けれどいつからか、俺は彼女の一つ年下の妹のことが気になるようになっていた。キャロルはピンクブロンドの艶やかな髪と、少し垂れ目な丸い瞳が愛らしい美少女だった。凛とした冷たい雰囲気を漂わせるエリッサとはまるで違っていて、仕草の一つ一つが可愛らしく、表情豊かで愛嬌があった。右目の下にある小さな泣きぼくろが妙に蠱惑的で、上目遣いに見つめられると、やけに落ち着かない気持ちになった。
貴族学園に入学したエリッサは、王国を出てやたらと周囲の国々に行くようになった。寂しい、などとは微塵も思わなかった。俺の中では、友人の一人が旅行に行ったぐらいの感覚だったからだ。侯爵家の令嬢にしてはやけにバタバタと動き回る女だな、とは思っていたが。
それよりも、俺はエリッサ不在の隙をつき、キャロルを呼び寄せては二人きりの時間を過ごす、その楽しみに夢中になっていった。礼儀正しく常に真面目なエリッサとは違い、キャロルは俺の前でも畏まることがなかった。鼻にかかるような甘い声で「殿下ぁ」と俺を呼び、「あたし殿下とこうして二人きりでお話する時間が一番好きなの。殿下、カッコいい。ずーっと見ていたくなっちゃう」などと、まるで幼子のように無邪気な言葉で俺を褒めそやす。悪い気はしなかったし、俺の周囲にこんな女は一人もいなかったから新鮮だった。
エリッサはいつも、やれ自国の課題点がどうだの、かの国はこういった教育を取り入れているのが素晴らしいだの、王子教育の進み具合はどうかだの、つまらない話題しか振ってこなかった。キャロルはそんな話は一切しない。最近夢中になっている楽しい遊びや、貴族たちの噂話、侍女がやらかした面白い失敗談などばかりを披露し、俺を飽きさせることがなかった。
キャロルといると、いつも笑っていられる。俺の唯一の癒し。たった一人の、特別な女。
すぐに彼女のことしか見えなくなった。
エリッサが帰国すれば、次に外国に行く日が待ち遠しくて仕方なかった。この女といると、やがては自分がこの王国を背負う立場に就くのだという重圧を思い出す。エリッサの優秀さはプレッシャーとなり、俺の心を重くした。
「ね、殿下。こういうのっていいわね。二人きりの秘密を共有してるって感じ。ドキドキしちゃうわ」
エリッサが発てばすぐにキャロルを呼び寄せ、甘い時間を過ごす。俺の護衛や彼女の侍女たちが常に同じ空間にいるから、望むほど濃密な時間を過ごせるわけではないのだが、俺たちは奴らに距離をとらせては、密かな危うい会話を楽しんだ。
「ああ。……だが、本当はもっと堂々と会えればいいんだが。エリッサの目を盗んで逢瀬を繰り返すのは、もどかしい。……お前が、俺の妻になってくれればな」
ついそんな本音を漏らすと、キャロルは大胆にも俺の指先に自分のそれを絡ませ、いつもの上目遣いでこう言った。
「あたしも殿下と結婚したーい。絶対毎日楽しいのになぁ。公務で疲れた殿下のことも、あたしがたっぷり癒やしちゃう。……ね、“殿下”って、他人行儀でやだな。フルヴィオ様って呼んでもいーい?」
可愛らしく小首を傾げてそんなことを言う素直なキャロルに、俺はもう夢中だった。
父が床についている間、母には何度も相談した。婚約者を、エリッサからキャロルに変えたいと。だが母は俺を否定するばかりだ。
「馬鹿なことを言うのはお止しなさい、フルヴィオ。あなたはこの王家唯一の男子。やがては国王となるのよ。隣に寄り添う女性は、国母となる。その者は、誰よりも気高く賢い女性でなければ。キャロル嬢に王妃は務まらないわ。エリッサ嬢のこれまでの努力を無下にするつもりなの? 情けない。王太子ともあろう者が、女性の甘い見目や仕草だけで簡単に翻弄されてしまうなど。弁えなさい」
冷たい母の言葉に悔しい思いをしたが、その後父があっけなく亡くなり、俺は国王に即位することとなった。すぐさま母を離宮に移し、ハートネル侯爵一家を呼び寄せ、キャロルを妃に迎えると宣言した。エリッサはなんだかんだと駄々をこねていたが、最終的にはこう言った。
『承知いたしました、フルヴィオ殿下。それではこれにて、私を解放していただきます。私は今後、殿下にも国政にも、一切口出しいたしません。ですから、殿下もどうぞ、私のことはご放念くださいませ』
その言葉を聞いた瞬間、ホッとした反面、例えようのない不安が込み上げた。……俺は本当にエリッサなしで、国の長という大役を務めることができるのか……? そんな思いが頭をよぎった。
(……馬鹿馬鹿しい。俺の周りには優秀な側近や大臣たちがいる。キャロルもこれから王妃教育に心血を注ぐだろう。二人は血の繋がった姉妹なんだ。能力に大差などない)
それに……。
エリッサはこうは言っているが、いざとなれば王命を出しエリッサを王城に呼び寄せ、キャロルのサポートをさせることもできるだろう。
何も心配などいらない。
そう思おうとした。
だが。
大臣からのその報告に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。数週間後には、俺と愛するキャロルの結婚式が執り行われる。そんな中での突然の知らせだった。
幼少の頃に決められていた、エリッサ・ハートネル侯爵令嬢との婚約。それに特別不満を感じていたわけじゃない。そういうものだと思っていたからだ。俺はこの王国の王子であり、良き家柄の優秀な娘が俺を支える妻となるのは当然のこと。エリッサは賢く美しいと評判だったし、俺も頼りになる女だと評価していた。
けれどいつからか、俺は彼女の一つ年下の妹のことが気になるようになっていた。キャロルはピンクブロンドの艶やかな髪と、少し垂れ目な丸い瞳が愛らしい美少女だった。凛とした冷たい雰囲気を漂わせるエリッサとはまるで違っていて、仕草の一つ一つが可愛らしく、表情豊かで愛嬌があった。右目の下にある小さな泣きぼくろが妙に蠱惑的で、上目遣いに見つめられると、やけに落ち着かない気持ちになった。
貴族学園に入学したエリッサは、王国を出てやたらと周囲の国々に行くようになった。寂しい、などとは微塵も思わなかった。俺の中では、友人の一人が旅行に行ったぐらいの感覚だったからだ。侯爵家の令嬢にしてはやけにバタバタと動き回る女だな、とは思っていたが。
それよりも、俺はエリッサ不在の隙をつき、キャロルを呼び寄せては二人きりの時間を過ごす、その楽しみに夢中になっていった。礼儀正しく常に真面目なエリッサとは違い、キャロルは俺の前でも畏まることがなかった。鼻にかかるような甘い声で「殿下ぁ」と俺を呼び、「あたし殿下とこうして二人きりでお話する時間が一番好きなの。殿下、カッコいい。ずーっと見ていたくなっちゃう」などと、まるで幼子のように無邪気な言葉で俺を褒めそやす。悪い気はしなかったし、俺の周囲にこんな女は一人もいなかったから新鮮だった。
エリッサはいつも、やれ自国の課題点がどうだの、かの国はこういった教育を取り入れているのが素晴らしいだの、王子教育の進み具合はどうかだの、つまらない話題しか振ってこなかった。キャロルはそんな話は一切しない。最近夢中になっている楽しい遊びや、貴族たちの噂話、侍女がやらかした面白い失敗談などばかりを披露し、俺を飽きさせることがなかった。
キャロルといると、いつも笑っていられる。俺の唯一の癒し。たった一人の、特別な女。
すぐに彼女のことしか見えなくなった。
エリッサが帰国すれば、次に外国に行く日が待ち遠しくて仕方なかった。この女といると、やがては自分がこの王国を背負う立場に就くのだという重圧を思い出す。エリッサの優秀さはプレッシャーとなり、俺の心を重くした。
「ね、殿下。こういうのっていいわね。二人きりの秘密を共有してるって感じ。ドキドキしちゃうわ」
エリッサが発てばすぐにキャロルを呼び寄せ、甘い時間を過ごす。俺の護衛や彼女の侍女たちが常に同じ空間にいるから、望むほど濃密な時間を過ごせるわけではないのだが、俺たちは奴らに距離をとらせては、密かな危うい会話を楽しんだ。
「ああ。……だが、本当はもっと堂々と会えればいいんだが。エリッサの目を盗んで逢瀬を繰り返すのは、もどかしい。……お前が、俺の妻になってくれればな」
ついそんな本音を漏らすと、キャロルは大胆にも俺の指先に自分のそれを絡ませ、いつもの上目遣いでこう言った。
「あたしも殿下と結婚したーい。絶対毎日楽しいのになぁ。公務で疲れた殿下のことも、あたしがたっぷり癒やしちゃう。……ね、“殿下”って、他人行儀でやだな。フルヴィオ様って呼んでもいーい?」
可愛らしく小首を傾げてそんなことを言う素直なキャロルに、俺はもう夢中だった。
父が床についている間、母には何度も相談した。婚約者を、エリッサからキャロルに変えたいと。だが母は俺を否定するばかりだ。
「馬鹿なことを言うのはお止しなさい、フルヴィオ。あなたはこの王家唯一の男子。やがては国王となるのよ。隣に寄り添う女性は、国母となる。その者は、誰よりも気高く賢い女性でなければ。キャロル嬢に王妃は務まらないわ。エリッサ嬢のこれまでの努力を無下にするつもりなの? 情けない。王太子ともあろう者が、女性の甘い見目や仕草だけで簡単に翻弄されてしまうなど。弁えなさい」
冷たい母の言葉に悔しい思いをしたが、その後父があっけなく亡くなり、俺は国王に即位することとなった。すぐさま母を離宮に移し、ハートネル侯爵一家を呼び寄せ、キャロルを妃に迎えると宣言した。エリッサはなんだかんだと駄々をこねていたが、最終的にはこう言った。
『承知いたしました、フルヴィオ殿下。それではこれにて、私を解放していただきます。私は今後、殿下にも国政にも、一切口出しいたしません。ですから、殿下もどうぞ、私のことはご放念くださいませ』
その言葉を聞いた瞬間、ホッとした反面、例えようのない不安が込み上げた。……俺は本当にエリッサなしで、国の長という大役を務めることができるのか……? そんな思いが頭をよぎった。
(……馬鹿馬鹿しい。俺の周りには優秀な側近や大臣たちがいる。キャロルもこれから王妃教育に心血を注ぐだろう。二人は血の繋がった姉妹なんだ。能力に大差などない)
それに……。
エリッサはこうは言っているが、いざとなれば王命を出しエリッサを王城に呼び寄せ、キャロルのサポートをさせることもできるだろう。
何も心配などいらない。
そう思おうとした。
だが。