【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
16. 想いを馳せる
母国サリーヴ王国の西側に位置する、セザリア王国。
国土面積は我が国に比べればだいぶ小さいけれど、平和で美しい王国だ。
セザリアの西方は海に面しており、そちらでは新鮮な海鮮料理が楽しめる。ここを訪れた時の、私の大きな楽しみの一つだ。
(……クロード様は今頃領地でお仕事中かしら。セルウィン公爵領は、サリーヴ王国の北東に大きく広がった土地。この西の国からは、とても遠いわね)
その西の国の、さらに最も西側にある今日の訪問先を目指して、今馬車を走らせている。もう日が傾き、辺りはオレンジ色に染まりはじめていた。
小窓からぼんやりと外の景色を眺めながら、私は何度もクロード様に思いを馳せていた。
「かの方のことをお考えですか? エリッサお嬢様」
向かいに座っていたミハにそう声をかけられ、私は我に返った。
「……なぜそう思うの?」
「お顔にそう書いてございました」
「……また私をからかうのね」
照れくささからわざと拗ねたふりをし、私はミハから顔を背け小窓の外に視線を移した。ミハは穏やかな声で言う。
「そんなつもりは。……ただ、セルウィン公爵とお話なさっている時のお嬢様のお顔は、これまでに見たことがないほど輝いていらっしゃって。こちらまでうっかり胸がときめいてしまいました。……恋をなさったのですね」
恋。
ミハのその言葉に心臓が跳ね、頬がじわじわと熱を帯びた。観念した私は彼女の方を向く。
「呆れているのでしょう。出会ったばかりの殿方に対して、みっともなく浮かれてしまっている私に」
自嘲するようにそう言うと、ミハは至って真面目な顔で答えた。
「まさか。そんなはずがございません。セルウィン公爵閣下は素晴らしく魅力的な男性でしたし、お嬢様に対する熱い想いを隠そうともなさいませんでした。胸が高鳴るのは当然です。大変不敬ではございますが、これまであのような殿方のおそばで、あの方のためにのみ尽くして生きてこられたお嬢様にとっては、より一層素敵に感じられたかと存じます」
(あのような……。陛下も散々な言われようね)
ミハの口ぶりに、思わず苦笑する。
「……クロード様は、陛下とも誰とも違うの。これまであんな男性に出会ったことはなかった。私もまさか、自分がこんな気持ちになるなんて思いもしなかったわ」
渋々帰国して、若干げんなりしながらお会いしたはずなのに。
出会ったその日に、私はクロード様に強く惹かれた。
男性に対してこんな感情を持つのは初めてのことだった。
「王国内の他のどのご令嬢方よりも深く広い知識を蓄え、完璧なマナーを身に着けられた見目麗しいお嬢様。落ち着いた大人の魅力と絶大な権力を兼ね備え、文武に長けたセルウィン公爵閣下。端から見ても、お二人は非常にお似合いでございますよ。公爵領から派遣してくださった護衛の方々も、頼もしゅうございますね」
「ええ。本当ね」
クロード様は領地から、屈強な騎士を四人も送ってくださった。今も私たちの馬車を守るように、両サイドを馬で走っている。
今回の訪問では、以前からお会いする約束をしていた何組かの高位貴族の方々とお話をし、交流を深めていた。私がフルヴィオ陛下から婚約を破棄され、実妹キャロルが代わりに王妃の座に納まるということは、光の速さで近隣諸国にまで知れ渡っていたようで、誰と会っても必ずその話から始まった。
彼らは決まって私に同情的であり、また私に対してとても好意的でもあった。今後も私たちは変わらずハートネル侯爵令嬢を支持しますわ、と、優しい言葉をかけてくださる方ばかりだった。
「お嬢様、お屋敷が見えてまいりましたよ」
ミハが外を確認して言った。今から訪問するのは、このセザリア王国の西端に領土を持つカーデン伯爵家。ご令嬢は私と同い年で、とても明るく素敵な方だ。
馬車が屋敷の門をくぐり、しばらく進んで停止すると、すでに玄関ポーチにはそのルジェナ・カーデン伯爵令嬢が待っていてくださった。
「ようこそお出でくださいましたわ、エリッサ様……! まぁ、本当にお久しぶりですこと! 遠路はるばる、お疲れ様でございました」
「ごきげんようルジェナ様。本日は訪問を許可してくださってありがとう」
「いえ、こちらの方が心待ちにしていたのですわ。父も母も、おもてなしの準備を張り切っておりましたのよ。さ、どうぞ中へ」
ウキウキと私を案内してくれるルジェナ嬢に続き、私はカーデン伯爵邸に足を踏み入れた。
国土面積は我が国に比べればだいぶ小さいけれど、平和で美しい王国だ。
セザリアの西方は海に面しており、そちらでは新鮮な海鮮料理が楽しめる。ここを訪れた時の、私の大きな楽しみの一つだ。
(……クロード様は今頃領地でお仕事中かしら。セルウィン公爵領は、サリーヴ王国の北東に大きく広がった土地。この西の国からは、とても遠いわね)
その西の国の、さらに最も西側にある今日の訪問先を目指して、今馬車を走らせている。もう日が傾き、辺りはオレンジ色に染まりはじめていた。
小窓からぼんやりと外の景色を眺めながら、私は何度もクロード様に思いを馳せていた。
「かの方のことをお考えですか? エリッサお嬢様」
向かいに座っていたミハにそう声をかけられ、私は我に返った。
「……なぜそう思うの?」
「お顔にそう書いてございました」
「……また私をからかうのね」
照れくささからわざと拗ねたふりをし、私はミハから顔を背け小窓の外に視線を移した。ミハは穏やかな声で言う。
「そんなつもりは。……ただ、セルウィン公爵とお話なさっている時のお嬢様のお顔は、これまでに見たことがないほど輝いていらっしゃって。こちらまでうっかり胸がときめいてしまいました。……恋をなさったのですね」
恋。
ミハのその言葉に心臓が跳ね、頬がじわじわと熱を帯びた。観念した私は彼女の方を向く。
「呆れているのでしょう。出会ったばかりの殿方に対して、みっともなく浮かれてしまっている私に」
自嘲するようにそう言うと、ミハは至って真面目な顔で答えた。
「まさか。そんなはずがございません。セルウィン公爵閣下は素晴らしく魅力的な男性でしたし、お嬢様に対する熱い想いを隠そうともなさいませんでした。胸が高鳴るのは当然です。大変不敬ではございますが、これまであのような殿方のおそばで、あの方のためにのみ尽くして生きてこられたお嬢様にとっては、より一層素敵に感じられたかと存じます」
(あのような……。陛下も散々な言われようね)
ミハの口ぶりに、思わず苦笑する。
「……クロード様は、陛下とも誰とも違うの。これまであんな男性に出会ったことはなかった。私もまさか、自分がこんな気持ちになるなんて思いもしなかったわ」
渋々帰国して、若干げんなりしながらお会いしたはずなのに。
出会ったその日に、私はクロード様に強く惹かれた。
男性に対してこんな感情を持つのは初めてのことだった。
「王国内の他のどのご令嬢方よりも深く広い知識を蓄え、完璧なマナーを身に着けられた見目麗しいお嬢様。落ち着いた大人の魅力と絶大な権力を兼ね備え、文武に長けたセルウィン公爵閣下。端から見ても、お二人は非常にお似合いでございますよ。公爵領から派遣してくださった護衛の方々も、頼もしゅうございますね」
「ええ。本当ね」
クロード様は領地から、屈強な騎士を四人も送ってくださった。今も私たちの馬車を守るように、両サイドを馬で走っている。
今回の訪問では、以前からお会いする約束をしていた何組かの高位貴族の方々とお話をし、交流を深めていた。私がフルヴィオ陛下から婚約を破棄され、実妹キャロルが代わりに王妃の座に納まるということは、光の速さで近隣諸国にまで知れ渡っていたようで、誰と会っても必ずその話から始まった。
彼らは決まって私に同情的であり、また私に対してとても好意的でもあった。今後も私たちは変わらずハートネル侯爵令嬢を支持しますわ、と、優しい言葉をかけてくださる方ばかりだった。
「お嬢様、お屋敷が見えてまいりましたよ」
ミハが外を確認して言った。今から訪問するのは、このセザリア王国の西端に領土を持つカーデン伯爵家。ご令嬢は私と同い年で、とても明るく素敵な方だ。
馬車が屋敷の門をくぐり、しばらく進んで停止すると、すでに玄関ポーチにはそのルジェナ・カーデン伯爵令嬢が待っていてくださった。
「ようこそお出でくださいましたわ、エリッサ様……! まぁ、本当にお久しぶりですこと! 遠路はるばる、お疲れ様でございました」
「ごきげんようルジェナ様。本日は訪問を許可してくださってありがとう」
「いえ、こちらの方が心待ちにしていたのですわ。父も母も、おもてなしの準備を張り切っておりましたのよ。さ、どうぞ中へ」
ウキウキと私を案内してくれるルジェナ嬢に続き、私はカーデン伯爵邸に足を踏み入れた。