【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜

19. クロード様からの贈り物

 その後の滞在では、懇意にしてくださっている侯爵家の夜会に参加し、集まったセザリア王国の高位貴族の方々にご挨拶をした。陛下から婚約を破棄された私は、もしかしたらこれまでのように親しく丁寧な対応はされないのではと懸念していたけれど、そんな心配は無用だった。滞在している間お会いした誰もが、私を優しく気遣う言葉をかけてくださり、「どうぞ今後とも変わらぬ交流を」と言ってくださった。私を尊重してくださる皆様の言葉はとても嬉しかったけれど、彼らと会話を交わしていると、何となく私を切り捨てたフルヴィオ陛下に対して、軽んじるような、白い目で見ているような空気を感じた。「サリーヴ王国の新国王陛下も、随分と思い切ったご決断をなさいましたこと」と呟いたとあるご婦人の発言には、冷めた響きがあった。私を買ってくださる方々のお気持ちはとてもありがたいけれど、今回の私たちの婚約破棄が原因で、陛下が、サリーヴ王国王家が周辺国からの信頼を失う事態になれば、それは由々しきことだ。私にできる限り、陛下やキャロルをフォローする言葉を残してきたつもりではあるけれど、一抹の不安が残った。

 何よりも優先すべき陛下とキャロルの結婚式に臨むため、今回の滞在もさほど長くはならなかった。クロード様とは二度お手紙のやり取りをし、私は式の十日ほど前に予定どおりサリーヴ王国のハートネル侯爵タウンハウスへと戻った。
 すると、予想外の大きな驚きが、私を待っていた。

「エリッサ、セルウィン公爵閣下から、あなたにドレスが届いているわよ」

 帰宅するなり、母が声を弾ませ私にそう言ってきたのだ。

「クロード様から……?」
「ええ! 国王陛下とキャロルの結婚式用よね。早く開けてみて。先週届いて以来、ずっと気になって仕方なかったのよ。さすがに勝手に開けるのもどうかと思って、置いておいたわ。……ふふ。先日の顔合わせが終わってお帰りになる前に、あなたのドレスのサイズを従者の方から聞かれていたの。だからもしかして……とは思っていたのよね」

 私は浮かれる母にグイグイと押されるがまま自室に上がり、テーブルの上に置いてある大きな箱を、真っ先に開封させられた。

(先日婚約が成立したばかりなのに、まさかもうドレスを贈っていただけるなんて思いもしなかったわ……)

 いつかはそんなこともあるかもしれないけれど、今回の結婚式には当然自分で用意したドレスで参列するものだと思い込んでいた。クロード様のお顔を思い浮かべドキドキしながら、私は箱の蓋をそっと開けた。

「……っ!」
「まぁっ……! なんて美しいのかしら……! さすがはセルウィン公爵閣下ね。この絹の手触り……この繊細なレース。それにまぁ、この刺繍の見事なこと……!」

 母は私を押し退ける勢いで箱を覗き込むと、少女のようにキャッキャとはしゃぎながら勝手にドレスを引っ張り出した。

「……素敵……」
「まことに」

 思わず呟くと、背後にいるミハも感心したようにそう同意する。
 素晴らしい絹やレースをふんだんに使ったそのドレスは、圧倒されるほど美しかった。ベージュを基調とした色使いで、スカートは何重にもレイヤードされており、前部分が中央から分かれたデザインで中の生地の色が見える。ベージュから淡い水色に、それから徐々に濃い水色を重ね、一番内側は目の覚めるような綺麗なサファイアブルーの生地だった。
 そして、襟元や袖口、ウエスト部分には美しい水色の刺繍が。クロード様の瞳のアイスブルーとよく似た色味のものだった。

「随分と高価な贈り物をくださったこと。ふふ。……あなたの体型や顔立ちには、本当はもっとくっきりと派手な色の方が似合うのだけどね」

 ご機嫌な母がそんな風に微妙にケチをつけてきて、うっとりとドレスに見惚れていた私は思わずムッとして言い返した。

「お母様、私はこういった淡く優しい色味のドレスが本当は好きなのですわ。クロード様とお会いした時に私がベージュのドレスを着ていたから、きっと好みを考慮してくださったのだと思います。私はとても気に入りました」
「あら、そう」

 今度は母がムッとした顔をしたけれど、私はクロード様のお気遣いに胸がいっぱいで、母の機嫌などどうでもよかった。

「お召しになられますか? エリッサお嬢様」

 ミハがそう声をかけてくれると、母も同意した。

「そうね、着てみてちょうだい、エリッサ。万が一どこか合わなければ、お直しを急がないといけないわ」

 私はすぐさまワンピースを脱ぎ、贈られたドレスを試着した。姿見の前に立った私は、思わず息を呑む。

「……まぁ。いいじゃないの」
「目が眩むほどお美しゅうございます、エリッサお嬢様……」

 母もミハも、着付けを手伝ってくれた他の侍女たちも、皆一様に目を輝かせている。想像以上に、このドレスは私によく似合っていた。サイズもどこもかしこもピッタリだ。そして間違いなく、私が持っている全てのドレスの中で最も高価なものだった。

「意外と似合うのね。デザインのせいかしら。スカートの部分がゴージャスだから、あなたに合っているように見えるのかもしれないわね。もう少し地味なデザインだったらきっと合わなかったでしょうけど」

 まだ難癖をつけたそうな母の言葉は耳を素通りした。

「……アイスブルーダイアモンドのアクセサリーが、よく似合いそう。よかったわ」

 うっとりしながらそう呟くと、母が言う。

「ジュエリーも届いているわよ。ほらそこに」
「えっ……?」

 母が指差したテーブルの上には、ドレスの大きな箱の陰になり気付かなかった、小さな箱たちが置いてあった。
 胸を高鳴らせながらそっと開けてみると……私が持っているものより一層豪華な、アイスブルーダイアモンドのネックレスとイヤリング、そして繊細なブレスレットがあった。ネックレスの中央の大きな石が一際眩しい。

(クロード様の色を身に着けろということなのね……よかった)

 婚約者だから、当たり前なのだけど。
 そのことがやけに嬉しくて、私の頬は熱を帯びたのだった。
 



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