【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜

21. 結婚式とダンスパーティー

 王城に隣接された大聖堂の前は、すでに大勢の貴族たちでひしめき合っていた。誰もがきらびやかに着飾り、華々しい雰囲気を放っている。
 私はクロード様の腕を取り、彼にエスコートされながら聖堂の前までやって来た。すると、私たちの姿に気付いた周囲の誰もが、一斉にこちらに視線を向ける。息を呑んで目を見開く人、表情を輝かせながら目で挨拶をしてくる人、穴があくほど凝視してくる人……。数々の視線の矢を体で受け止めながら、私は隣のクロード様に恥をかかせることのないよう凛と背筋を伸ばし、聖堂に入場した。

 式は厳かに執り行われた。全員の視線を集めながら聖堂に入り、ゆっくりと歩みを進めるフルヴィオ陛下とキャロル。……久しぶりに陛下のお顔を見ても、何の感慨もなかった。ああ、お元気そうだな、と思ったくらい。ほんの数ヶ月前までは、婚約者としてしょっちゅうお会いしていたのに。今となってはすっかり赤の他人だ。
 キャロルはさすがに美しかった。自慢のピンクブロンドを華やかなアップスタイルにまとめ、豪華なティアラと長いウェディングベールを着けている。アクセサリーは遠目にもまぶしく輝く、大粒のダイアモンドとパール。純白のドレスはたっぷりと絹を重ねたプリンセスラインのもの。繊細なレースで作られた可愛らしい花の飾りが、胸元にもスカートの部分にもたくさんあしらわれている。彼女の愛くるしく幼い雰囲気にはピッタリ似合っていたけれど、正直王妃となる女性の威厳らしきものは全く感じられない。あたしを見て! といわんばかりの満面の笑みを浮かべ、時折きゅるんと小首を傾げながら、会場中にせわしなく視線を送っている。落ち着きがなく、知性が感じられない。思わず小さくため息をついた。
 壇上に上がった二人が指輪を交換し、結婚の誓いの言葉を述べる。ふと、キャロルがこちらを見て目が合った。その瞬間、彼女の視線に鋭さと敵意にも似た冷たさが宿った。

(……?)

 何かしら。私がキャロルの教育係もどきを拒んで出国したことを、まだ怒っているのかしら。相変わらず大人げない。
 隣のクロード様は微動だにせず、二人のことをジッと見つめていた。



 式は滞りなく終了した。けれど最後に列席者たちから二人へと贈られた拍手は、大聖堂も割れんばかり、といったほどではなかった。その後は王城の大広間へと移動した。これからダンスパーティ、そして祝賀の晩餐会へと移る。
 広間にて、フルヴィオ陛下とキャロルが玉座に座り全員が注目すると、緊張のためか陛下が幾分強張った表情で宣言した。

「皆、今日はこうして国内外から集まり、我々の新しい門出を祝福してくれたことに感謝する。すでに通達していたとおり、ここにいるハートネル侯爵家の次女キャロルが、本日をもって俺の妻となり、このサリーヴ王国の新たな王妃となった!」

 満面の笑みで広間を見渡し、愛想を振りまくキャロル。……静まり返る大広間。まだ拍手や歓声は上がらない。会場全体の空気がひんやりとし、ピリついているのを肌で感じる。明らかに祝福の空気ではない。
 陛下の言葉は続く。

「様々な事情により、キャロルは急遽妃の座に就くことが決まった。不慣れなことばかりで、しばらくは苦労するだろうが、この王国の安寧と近隣諸国との良き関係継続のために、二人で手を取り合い、全力を尽くしていく所存だ。どうか新王妃キャロルを、皆で温かく見守り、支えてやってほしい」

 ……甘い。甘すぎるお言葉だ。そもそもどこが“様々な事情”なのか。ご自分たちの恋情を優先し、頭空っぽの娘を強引に妃にしてしまったというだけのこと。そして抜け目なく情報通の貴族たちは皆すでに、そのことに気付いている。彼らの冷ややかな視線とこの寒々しい空気が何よりの証拠だ。

「以上だ。皆、今日は大いに楽しみ、王国のますますの繁栄を祝ってほしい!」

 ようやくまばらな拍手が起き、それは大広間全体へと波及し、大きなものへと変わっていった。けれど、私は内心疑問符だらけだった。

(以上だ、って……。あら? 私たちの婚約のことは、当然ご存知のはずよね? 今朝お父様に確認したら、陛下には報告済みだと、そう仰っていたわ。王国の筆頭公爵家の当主が婚約したというのに、ここでその発表はしないわけ……?)

 周知するにはまたとない機会のはずだ。普通は公の場で大々的に発表するもの。せっかく今日は近隣諸国の重鎮たちも来ているというのに……。
 いまだ強張った表情の陛下と得意げな笑みを浮かべるキャロルが、フロアの中央に進み出てファーストダンスを始めた。それを見ながら納得いかずに考えていると、いつの間にか二人のダンスは終わった。
 クロード様が、ふいに私の手を取った。

「っ!」
「エリッサ、貴族たちのダンスが始まる。行こう」
「は、はい。そうですわね」

 先ほどの二人のように、私たちはフロア中央へと進み出た。国内外の位の高い貴族たちが同じようにパートナーとのダンスの準備を始める。
 柔らかな音色の美しい音楽が流れる。彼は私の手を取ったまま、もう片方の手を私の腰に添えると、ふわりと体が浮いて流れるような、極めて優雅なステップを踏んだ。





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