【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
24. 厳しい忠告
フルヴィオ陛下とキャロルの前には、重鎮たちが列をなしている。私たちもその中に立ち、自分の順番が回ってくるのを待った。
諸外国の王族貴族の挨拶を受けるたびに、通訳が逐一二人に耳打ちし、それを聞き終えてから陛下とキャロルが笑顔で返事をする。見ていられなかった。
そしていよいよ、私とクロード様の前にいたセルウィン前公爵夫妻の番になった。私たちはその真横で黙って待つ。車椅子から降り、杖をついて陛下の前に立った前公爵を夫人のレミラ様がそっと支える形で立ち、二人に声をかけている。
「国王陛下、王妃陛下、心よりお祝い申し上げる。サリーヴ王国の末永い安寧と今後の発展のために、真摯にご公務に臨まれることを願う」
「お、叔父上、ありがとうございます。本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
(二回もありがとうございますって言ったわ)
陛下は明らかに、これまでで一番緊張していた。式場で皆に向かって挨拶をした時よりも、他国の王族らの挨拶を受けた時よりもだ。声が裏返り、頬がピクピクと痙攣している。……威厳に満ちた叔父上がよほど恐ろしいのだろう。たしかにセルウィン前公爵には尋常ならざる迫力があり、別格のオーラが漂っている。そういえば、昔から何度か愚痴を聞いたことがあった。「父上の弟である王弟殿下がとにかく恐ろしくて苦手なんだ」と。……あ、その一人息子も苦手だし嫌いだ、みたいなことも言っていたっけ。たくさん聞き続けてきた愚痴の一つだと思って、適当に慰めながら聞き流してきたけれど。
カチコチになって額に汗を浮かべているフルヴィオ陛下の隣で、キャロルは夫となった彼のその様子に一切気付くこともなく、ありがとうございまぁすなどと、いつもの間延びした甘え声で答えている。語尾にハートマークでも付きそうな勢いだ。さっきからずっとこの調子で重鎮たちと挨拶を交わしてきたのだろうか。私は静かに目を伏せ、小さく溜息をついた。
セルウィン前公爵は、挨拶が済んだ後もその場を動こうとしない。どうしたのだろうとそっと様子を伺ってみた私は、息を呑んだ。
前公爵は、こちらの心臓が凍りつきそうなほど鋭い視線で、陛下を睨めつけていた。口元を引き結び、瞬きもせず陛下の翡翠色の瞳を射抜いている。
陛下のウェーブがかった金髪は額に張り付き、唇の端は小刻みに震えていた。キャロルは何も分かっていない顔で、そんな二人を交互に見ている。
前公爵がようやくまた口を開くと、一際低い声で、ゆっくりと言った。
「……ご自身の選択に、必ずや責任を持たれよ。何の知識も持たず、公務を全うすることもできず、他国相手に恥をさらす。そのような新王妃を温かく見守り支えることなど、我々にはできませぬぞ。即刻王妃陛下を徹底的に教育し、またご自身も近日中に帝国語くらいはマスターされよ。このような見苦しい真似は二度となさるな。このままでは我々をはじめ、国中の貴族たちが陛下を見限りますぞ」
「…………っ!!」
結婚式の時に陛下が言った「新王妃キャロルを、皆で温かく見守り、支えてやってほしい」という文句が気に入らなかったのだろう。よかった、私も同意見だ。
陛下は前公爵の恐ろしい目を見つめたまま、震える唇を固く引き結び、一言も発さない。今にも泣き出しそうな表情だ。どうかそれだけは勘弁してほしい。会場中の人々が注目しているのだから。
すると、そんな二人を見ていた陛下の隣のキャロルが、露骨に不愉快そうな顔をした。唇をムッと尖らせ、眉間に皺を寄せ、あろうことか前公爵を睨みつけている。一瞬気が遠くなった。
ようやく前公爵夫妻がその場を離れ、私たちの番が回ってきた。クロード様は何か仰るのだろうか。陛下はすでに抜け殻のような顔をしているけれど。
「国王陛下、王妃陛下、本日はまことにおめでとうございます。サリーヴ王国のますますの繁栄と末永い平和を、心より願い、その一端を担うべく我々も精進して参ります」
「おめでとうございます、国王陛下、王妃陛下」
ごく普通に挨拶をしたクロード様に続き、私も祝いの言葉を述べ一礼する。
「うん……」
前公爵に魂を抜かれてしまったのだろうか。陛下は呆然とした様子で小さくそう返事をすると、何も言わなくなった。キャロルは私を完全に無視して、クロード様のことだけを見つめながらクネクネと体を揺らす。
「ありがとうございます、セルウィン公爵様ぁ。あたし驚きましたのよぉ、セルウィン公爵様が姉と婚約なさったと聞いて……。これまでずっと独身でいらしたのに、なぜわざわざうちの姉のような可愛げのない女性と? あ、まぁ領地経営を手伝わせるにはたしかにうってつけですわね。頭だけはいいので。あたしの友人たちも皆、昔からよく噂していたんです。セルウィン公爵様の奥方になれたら素敵よねぇって。うふふっ。こうして近くで見ると、本当に素敵っ。頬の傷も、強い男って感じでカッコいいわ。もうこれからは親戚ですわね! 末永くよろしくお願いいたしますわっ」
もう黙りなさい! と妹を怒鳴りたかったし、今すぐクロード様に謝罪したかった。穴があったら入りたい。クロード様はブリブリクネクネする妹を冷え切った眼差しで見ると、
「……では、失礼します」
と言ってその場を離れた。その後に続く私のことを、フルヴィオ陛下がハッとした顔で見上げ、縋り付くように見つめてきた。
今さら何なのか。私はもうあなたを助けない。
曖昧に微笑むと、私は静かに目を逸らした。
諸外国の王族貴族の挨拶を受けるたびに、通訳が逐一二人に耳打ちし、それを聞き終えてから陛下とキャロルが笑顔で返事をする。見ていられなかった。
そしていよいよ、私とクロード様の前にいたセルウィン前公爵夫妻の番になった。私たちはその真横で黙って待つ。車椅子から降り、杖をついて陛下の前に立った前公爵を夫人のレミラ様がそっと支える形で立ち、二人に声をかけている。
「国王陛下、王妃陛下、心よりお祝い申し上げる。サリーヴ王国の末永い安寧と今後の発展のために、真摯にご公務に臨まれることを願う」
「お、叔父上、ありがとうございます。本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
(二回もありがとうございますって言ったわ)
陛下は明らかに、これまでで一番緊張していた。式場で皆に向かって挨拶をした時よりも、他国の王族らの挨拶を受けた時よりもだ。声が裏返り、頬がピクピクと痙攣している。……威厳に満ちた叔父上がよほど恐ろしいのだろう。たしかにセルウィン前公爵には尋常ならざる迫力があり、別格のオーラが漂っている。そういえば、昔から何度か愚痴を聞いたことがあった。「父上の弟である王弟殿下がとにかく恐ろしくて苦手なんだ」と。……あ、その一人息子も苦手だし嫌いだ、みたいなことも言っていたっけ。たくさん聞き続けてきた愚痴の一つだと思って、適当に慰めながら聞き流してきたけれど。
カチコチになって額に汗を浮かべているフルヴィオ陛下の隣で、キャロルは夫となった彼のその様子に一切気付くこともなく、ありがとうございまぁすなどと、いつもの間延びした甘え声で答えている。語尾にハートマークでも付きそうな勢いだ。さっきからずっとこの調子で重鎮たちと挨拶を交わしてきたのだろうか。私は静かに目を伏せ、小さく溜息をついた。
セルウィン前公爵は、挨拶が済んだ後もその場を動こうとしない。どうしたのだろうとそっと様子を伺ってみた私は、息を呑んだ。
前公爵は、こちらの心臓が凍りつきそうなほど鋭い視線で、陛下を睨めつけていた。口元を引き結び、瞬きもせず陛下の翡翠色の瞳を射抜いている。
陛下のウェーブがかった金髪は額に張り付き、唇の端は小刻みに震えていた。キャロルは何も分かっていない顔で、そんな二人を交互に見ている。
前公爵がようやくまた口を開くと、一際低い声で、ゆっくりと言った。
「……ご自身の選択に、必ずや責任を持たれよ。何の知識も持たず、公務を全うすることもできず、他国相手に恥をさらす。そのような新王妃を温かく見守り支えることなど、我々にはできませぬぞ。即刻王妃陛下を徹底的に教育し、またご自身も近日中に帝国語くらいはマスターされよ。このような見苦しい真似は二度となさるな。このままでは我々をはじめ、国中の貴族たちが陛下を見限りますぞ」
「…………っ!!」
結婚式の時に陛下が言った「新王妃キャロルを、皆で温かく見守り、支えてやってほしい」という文句が気に入らなかったのだろう。よかった、私も同意見だ。
陛下は前公爵の恐ろしい目を見つめたまま、震える唇を固く引き結び、一言も発さない。今にも泣き出しそうな表情だ。どうかそれだけは勘弁してほしい。会場中の人々が注目しているのだから。
すると、そんな二人を見ていた陛下の隣のキャロルが、露骨に不愉快そうな顔をした。唇をムッと尖らせ、眉間に皺を寄せ、あろうことか前公爵を睨みつけている。一瞬気が遠くなった。
ようやく前公爵夫妻がその場を離れ、私たちの番が回ってきた。クロード様は何か仰るのだろうか。陛下はすでに抜け殻のような顔をしているけれど。
「国王陛下、王妃陛下、本日はまことにおめでとうございます。サリーヴ王国のますますの繁栄と末永い平和を、心より願い、その一端を担うべく我々も精進して参ります」
「おめでとうございます、国王陛下、王妃陛下」
ごく普通に挨拶をしたクロード様に続き、私も祝いの言葉を述べ一礼する。
「うん……」
前公爵に魂を抜かれてしまったのだろうか。陛下は呆然とした様子で小さくそう返事をすると、何も言わなくなった。キャロルは私を完全に無視して、クロード様のことだけを見つめながらクネクネと体を揺らす。
「ありがとうございます、セルウィン公爵様ぁ。あたし驚きましたのよぉ、セルウィン公爵様が姉と婚約なさったと聞いて……。これまでずっと独身でいらしたのに、なぜわざわざうちの姉のような可愛げのない女性と? あ、まぁ領地経営を手伝わせるにはたしかにうってつけですわね。頭だけはいいので。あたしの友人たちも皆、昔からよく噂していたんです。セルウィン公爵様の奥方になれたら素敵よねぇって。うふふっ。こうして近くで見ると、本当に素敵っ。頬の傷も、強い男って感じでカッコいいわ。もうこれからは親戚ですわね! 末永くよろしくお願いいたしますわっ」
もう黙りなさい! と妹を怒鳴りたかったし、今すぐクロード様に謝罪したかった。穴があったら入りたい。クロード様はブリブリクネクネする妹を冷え切った眼差しで見ると、
「……では、失礼します」
と言ってその場を離れた。その後に続く私のことを、フルヴィオ陛下がハッとした顔で見上げ、縋り付くように見つめてきた。
今さら何なのか。私はもうあなたを助けない。
曖昧に微笑むと、私は静かに目を逸らした。