【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
25. 途切れない挨拶の波
疲れた。妹の振る舞いがあまりに恥ずかしくて、情けなくて、神経がすり減っていく。
もうすでにぐったりなのだが、決して表に出さないよう気を付けながら、私はクロード様と共に席へと戻った。
「……無教養な妹で、恥ずかしゅうございます。ご両親にもクロード様にも不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございません」
耐えきれず私は、隣のクロード様に小さな声で謝った。前公爵には後日別邸を訪れた際に、改めて謝罪しよう。キャロルの言動を、両親にも報告しなくては。近くの席に座ってはいるけれど、挨拶の会話までは聞こえていないだろう。
「君が謝ることじゃない。教育は両親の責務だ。……しかし、姉妹でこれほど全てが真逆とは。面白いものだな」
私を気遣ってか、クロード様は優しい眼差しをこちらに向けそう言ってくださった。その時、背後から帝国語で声をかけられる。
「セルウィン公爵閣下、ハートネル侯爵令嬢」
振り返ると、そこにいたのはセザリア王国の第三王子と外務大臣だった。私はクロード様と共にすぐさま立ち上がると、婚約を祝ってくださる言葉にお礼を返しながらしばらくお話をした。
クロード様の帝国語は、完璧だった。さすがは公爵家当主。他国の王族に引けを取らない知識も時折披露しながら、その後次々に声をかけてくる人たちからの祝福を受け、会話を交わしていた。滅多に社交場に出てこないクロード様だから尚更、ここで挨拶をしておかねばと思う人も多いのだろう。私も彼と共に多くの方々と挨拶を交わした。さっきは陛下から私たちの婚約を発表してもらえなかったけれど、必要なかったかと思えるほど、皆がすでに私たちの婚約を知っており、次から次へと賛辞と祝福が送られた。
「おめでとうございます! セルウィン公爵閣下、エリッサ様」
「本当にお似合いのお二人で」
「筆頭公爵家のご当主と、王国一高い教養と美貌を兼ね備えたエリッサ様、やがてはお二人で貴族たちの先頭に立ち、このサリーヴ王国を導いていってくださることと存じます」
「私たちは今後も変わらず、ハートネル侯爵令嬢を応援させていただきますわ!」
「どうぞこれからも変わらぬ親交をいただけますと嬉しゅうございますわ」
私が「陛下から突然婚約を破棄された惨めで可哀想な女」という好奇の目で見られる心配は、全くなさそうだった。そのことに内心ホッとしつつも、気付けば私とクロード様の周りにできている大きな人だかりに気付き、驚く。これではまるで私たちが今日の主役のようではないか。
(それだけこの王国の貴族たちや近隣国の重鎮たちは、私たちを買ってくださっているということよね。とてもありがたい、けれど……)
陛下とキャロルが軽んじられれば、このサリーヴ王国王家の権威そのものが失墜するのではないか。王国の平和のためにも、それは避けなければならないことだ。
途切れない挨拶を次々に受けながら、ふと、隣に立つクロード様の威風堂々とした姿を盗み見る。
(……素敵だわ。まるでこの方が、この国の王のよう)
どこの国のどんな地位の方が目の前に立っても微塵も動揺しないその毅然とした姿は、私の胸を高鳴らせた。
フルヴィオ陛下にこの方の半分でも、知識と貫禄があれば。……いや、国王が半分じゃ足りないか。
「エリッサ様」
そんなことを思っていた、その時。ランカスター伯爵夫人に声をかけられた。隣には夫の伯爵が寄り添っている。彼らはこのサリーヴ王国の西側に小さな領地を持つ領主夫妻で、長男のアルヴィン様は貴族学園で私の同級生だった。たしか在学中は騎士科にいらっしゃったはずだわ。
「ご無沙汰しております、ランカスター伯爵、夫人」
他の方々の時と同様に挨拶を交わした後、伯爵がクロード様に仕事の話を始めたタイミングで、夫人が背後にいたご令嬢を紹介してくださった。
「エリッサ様、これは私共の娘、オリアナにございますわ」
「ごきげんよう、ハートネル侯爵令嬢。ランカスター伯爵の娘、オリアナと申します……!」
緊張した様子が初々しくて、思わず笑みが漏れる。私よりいくつか年下だろうか。波打つ赤毛と薄化粧の下からほんのり見えるそばかすが印象的な、愛らしい方だ。
「娘はエリッサ様や息子のアルヴィンと同じ学園に通っておりまして、今年二年生になりましたの」
「あら、では私の二つ年下なのね。よろしくね、オリアナさん。どうぞエリッサと呼んでくださいな」
私がそう声をかけると、オリアナ嬢はこちらが面食らうほどにパアッと顔を輝かせ、しかも瞳を潤ませた。
「あ……ありがとうございます……! エリッサ様……っ」
「ふふ、この子ったら、エリッサ様にとても憧れているものですから、感激しておりますのよ。ご卒業なさるまで、学園から帰ってくるといつもエリッサ様のお話ばかりで」
「ま……、そうですの? それは光栄ですわ」
可愛らしいご令嬢からキラキラした眼差しで見つめられ、少し照れてしまう。ランカスター伯爵夫人はそんなオリアナ嬢の様子に苦笑している。
「ええ。今日はエリッサ様のお姿を遠目に拝見できたとか、髪飾りが素敵だったとか。貼り出されている試験の成績がまた全教科トップだったとか……。もうエリッサ様のことを知りたいがために学園に通っているのではないかと呆れるくらいでしたの」
「まぁ……ふふ。そんなに気にかけていただけて、嬉しいわ。どう? 学園生活は。お勉強は順調? オリアナさん」
私がそう問いかけると、オリアナ嬢は頬を上気させて答えた。
「は、はい……っ! 私もエリッサ様のように完璧な淑女になりたいと、日々精進しております! 試験の成績もエリッサ様のように、学年トップをキープし続けられるよう尽力しております。エリッサ様の行動力と革新的なお考えは、とても素敵です。私もエリッサ様のように、自国のみならず近隣諸国にも目を向けて、新しい知識をどんどん身につけたいのです……!」
「まぁ、首席なのね。とても素晴らしいわ。学園を卒業すれば、一人の大人ですものね。淑女教育ももちろんとても大切だけど、知識は深く幅広くあればあるほど、自分の価値が上がりますわ。……オリアナ嬢はたしか、ベネット伯爵家のご令息と……」
頭の片隅にあった他家の情報を引っ張り出す。たしかランカスター伯爵家のお嬢さんは、領地が近いベネット伯爵領の跡取り息子と婚約していたはずだった。
伯爵夫人が私の言葉に頷いた。
「ええ、そうなんですの。卒業後はご令息と共にベネット伯爵領の経営についても積極的に学びたいと申しておりますわ。ただ……、この娘の希望で、一つ悩んでいることがございまして」
「……と仰いますと?」
もうすでにぐったりなのだが、決して表に出さないよう気を付けながら、私はクロード様と共に席へと戻った。
「……無教養な妹で、恥ずかしゅうございます。ご両親にもクロード様にも不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございません」
耐えきれず私は、隣のクロード様に小さな声で謝った。前公爵には後日別邸を訪れた際に、改めて謝罪しよう。キャロルの言動を、両親にも報告しなくては。近くの席に座ってはいるけれど、挨拶の会話までは聞こえていないだろう。
「君が謝ることじゃない。教育は両親の責務だ。……しかし、姉妹でこれほど全てが真逆とは。面白いものだな」
私を気遣ってか、クロード様は優しい眼差しをこちらに向けそう言ってくださった。その時、背後から帝国語で声をかけられる。
「セルウィン公爵閣下、ハートネル侯爵令嬢」
振り返ると、そこにいたのはセザリア王国の第三王子と外務大臣だった。私はクロード様と共にすぐさま立ち上がると、婚約を祝ってくださる言葉にお礼を返しながらしばらくお話をした。
クロード様の帝国語は、完璧だった。さすがは公爵家当主。他国の王族に引けを取らない知識も時折披露しながら、その後次々に声をかけてくる人たちからの祝福を受け、会話を交わしていた。滅多に社交場に出てこないクロード様だから尚更、ここで挨拶をしておかねばと思う人も多いのだろう。私も彼と共に多くの方々と挨拶を交わした。さっきは陛下から私たちの婚約を発表してもらえなかったけれど、必要なかったかと思えるほど、皆がすでに私たちの婚約を知っており、次から次へと賛辞と祝福が送られた。
「おめでとうございます! セルウィン公爵閣下、エリッサ様」
「本当にお似合いのお二人で」
「筆頭公爵家のご当主と、王国一高い教養と美貌を兼ね備えたエリッサ様、やがてはお二人で貴族たちの先頭に立ち、このサリーヴ王国を導いていってくださることと存じます」
「私たちは今後も変わらず、ハートネル侯爵令嬢を応援させていただきますわ!」
「どうぞこれからも変わらぬ親交をいただけますと嬉しゅうございますわ」
私が「陛下から突然婚約を破棄された惨めで可哀想な女」という好奇の目で見られる心配は、全くなさそうだった。そのことに内心ホッとしつつも、気付けば私とクロード様の周りにできている大きな人だかりに気付き、驚く。これではまるで私たちが今日の主役のようではないか。
(それだけこの王国の貴族たちや近隣国の重鎮たちは、私たちを買ってくださっているということよね。とてもありがたい、けれど……)
陛下とキャロルが軽んじられれば、このサリーヴ王国王家の権威そのものが失墜するのではないか。王国の平和のためにも、それは避けなければならないことだ。
途切れない挨拶を次々に受けながら、ふと、隣に立つクロード様の威風堂々とした姿を盗み見る。
(……素敵だわ。まるでこの方が、この国の王のよう)
どこの国のどんな地位の方が目の前に立っても微塵も動揺しないその毅然とした姿は、私の胸を高鳴らせた。
フルヴィオ陛下にこの方の半分でも、知識と貫禄があれば。……いや、国王が半分じゃ足りないか。
「エリッサ様」
そんなことを思っていた、その時。ランカスター伯爵夫人に声をかけられた。隣には夫の伯爵が寄り添っている。彼らはこのサリーヴ王国の西側に小さな領地を持つ領主夫妻で、長男のアルヴィン様は貴族学園で私の同級生だった。たしか在学中は騎士科にいらっしゃったはずだわ。
「ご無沙汰しております、ランカスター伯爵、夫人」
他の方々の時と同様に挨拶を交わした後、伯爵がクロード様に仕事の話を始めたタイミングで、夫人が背後にいたご令嬢を紹介してくださった。
「エリッサ様、これは私共の娘、オリアナにございますわ」
「ごきげんよう、ハートネル侯爵令嬢。ランカスター伯爵の娘、オリアナと申します……!」
緊張した様子が初々しくて、思わず笑みが漏れる。私よりいくつか年下だろうか。波打つ赤毛と薄化粧の下からほんのり見えるそばかすが印象的な、愛らしい方だ。
「娘はエリッサ様や息子のアルヴィンと同じ学園に通っておりまして、今年二年生になりましたの」
「あら、では私の二つ年下なのね。よろしくね、オリアナさん。どうぞエリッサと呼んでくださいな」
私がそう声をかけると、オリアナ嬢はこちらが面食らうほどにパアッと顔を輝かせ、しかも瞳を潤ませた。
「あ……ありがとうございます……! エリッサ様……っ」
「ふふ、この子ったら、エリッサ様にとても憧れているものですから、感激しておりますのよ。ご卒業なさるまで、学園から帰ってくるといつもエリッサ様のお話ばかりで」
「ま……、そうですの? それは光栄ですわ」
可愛らしいご令嬢からキラキラした眼差しで見つめられ、少し照れてしまう。ランカスター伯爵夫人はそんなオリアナ嬢の様子に苦笑している。
「ええ。今日はエリッサ様のお姿を遠目に拝見できたとか、髪飾りが素敵だったとか。貼り出されている試験の成績がまた全教科トップだったとか……。もうエリッサ様のことを知りたいがために学園に通っているのではないかと呆れるくらいでしたの」
「まぁ……ふふ。そんなに気にかけていただけて、嬉しいわ。どう? 学園生活は。お勉強は順調? オリアナさん」
私がそう問いかけると、オリアナ嬢は頬を上気させて答えた。
「は、はい……っ! 私もエリッサ様のように完璧な淑女になりたいと、日々精進しております! 試験の成績もエリッサ様のように、学年トップをキープし続けられるよう尽力しております。エリッサ様の行動力と革新的なお考えは、とても素敵です。私もエリッサ様のように、自国のみならず近隣諸国にも目を向けて、新しい知識をどんどん身につけたいのです……!」
「まぁ、首席なのね。とても素晴らしいわ。学園を卒業すれば、一人の大人ですものね。淑女教育ももちろんとても大切だけど、知識は深く幅広くあればあるほど、自分の価値が上がりますわ。……オリアナ嬢はたしか、ベネット伯爵家のご令息と……」
頭の片隅にあった他家の情報を引っ張り出す。たしかランカスター伯爵家のお嬢さんは、領地が近いベネット伯爵領の跡取り息子と婚約していたはずだった。
伯爵夫人が私の言葉に頷いた。
「ええ、そうなんですの。卒業後はご令息と共にベネット伯爵領の経営についても積極的に学びたいと申しておりますわ。ただ……、この娘の希望で、一つ悩んでいることがございまして」
「……と仰いますと?」