【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
38. 周辺諸国の反応
カーデン伯爵家とランカスター伯爵家の橋渡しは大成功だった。オリアナ嬢はセザリア王国への留学が無事決まり、両家は家族で食事会などをして親睦を深めることができたとのこと。その際に当主同士で今後の交易の話も進めることができ、ランカスター伯爵家は新たな商品の取り引きに張り切っているようだ。
カーデン伯爵家のルジェナ嬢からは「利発で可愛い妹ができたみたいで嬉しい。帝国語で会話しながら互いに語学力も向上させられそうです」といった内容の手紙が届いた。オリアナ嬢からも「セザリア王国へ旅立つのが待ち切れないほど楽しみです。エリッサ様のような素敵な淑女になれるよう精進いたします」と礼状が届いた。
両家の諸々が上手くいきそうなのを見届けた私は、次なる視察へと旅立った。リウエ王国を中心に東側の小国を二月ほどかけていくつか回る。その間クロード様にはこまめに手紙を出し、無事でいることや、どのように日々を過ごしているか、知り得た新たな情報についてなどを書き綴った。彼からも同じ頻度で手紙が届き、領地での日々についていろいろと教えてくれた。毎日山ほどの書類を捌きながら、代官たちとのやり取りをし、領民からの要望に応え、領内を視察し、新規事業の計画を立てたりと、クロード様はいつもお忙しく過ごされているようだった。真面目で精力的な彼の仕事ぶりが窺えて、胸が熱くなる。
ある日手紙を大事に読み進めていると、こんな一文があった。
“君の美しい筆跡を見ていると、無性に君に会いたくなる”
「────っ、」
直前まで仕事のことについて淡々と語っていたのに、前触れもなくふいにこの文章が表れ、私の体は一気に熱くなった。クロード様の手紙を読みながら、私も同じことを考えていたから。
手紙を抱きしめるように、胸元に押し当てる。喜びに大きく高鳴る鼓動を静めるために、私はそのまま瞳を閉じ、甘いため息をついた。
目を閉じると、クロード様のアイスブルーの優しい眼差しが脳裏に浮かんだ。
リウエより東側にある、とある小国の侯爵家で行われた夕食会に招かれた時のことだった。高位貴族の方々との親睦を深めていると、一人の壮年の男性から声をかけられる。それは何度かお会いしたことのある、この王国の大臣の一人だった。今夜はプライベートで参加しているとのことだった。
「あなたが我が国に来訪なさり今夜の夕食会に参加する予定だと聞いて、私も招いてもらったのですよ」
「まぁ、それは光栄ですわ。お会いできて嬉しゅうございます」
しばらく当たり障りのない会話を交わした後、大臣は神妙な面持ちで言った。
「ところで、サリーヴ王国と締結予定だった新条約だがね、あの話は白紙になりましたよ」
「え……っ。まさか……」
「あなたが次の王妃になると思ったからこそ、締結を検討していた新条約だった。だが、国王陛下ご夫妻があのような方々では……先行き不安で新たな条約の締結などとても……」
またか、と思った。こういった話が少しずつ耳に入るようになってきていた。やはりフルヴィオ陛下とキャロルの評判が悪すぎて、我が国は周辺諸国からの信用を失いつつある。
(誰からもいい話を聞かないわ。あの二人は一体何をしているのかしら……)
憂鬱と不安が入り混じった何ともいえない気持ちになって滞在中のホテルに帰ると、しばらくしてミハが一通の手紙を持ってきた。
「エリッサお嬢様、奥様からの書簡でございます」
「母から? 何て?」
この国の書店で購入した歴史書をパラパラと捲りながら、私はそう尋ねた。
「……王妃陛下から矢の催促があっているとのことです。火急に相談したいことがある故、急ぎ帰国し登城してほしい、と」
(またか……)
「そんなことだろうとは思ったけど」
「ですが高圧的な雰囲気ではございませんね。“相談したい”、“登城してほしい”など。“至急登城せよ”と指図する言い回しではないような」
「……よほど行き詰まっているのでしょうね……はぁ」
思わずため息が漏れた。やはり王城の教育についていけないのだろうか。正直もう関わりたくはない。繰り返すが、陛下ご自身が私を不要と仰り、そして私も二度と関わらないと宣言したのだ。今さら私に頼るのは違うだろう、と思う。
だがここまで周囲の反応が悪いと、さすがに完全に無視することができない。幼い頃から叩き込まれた「やがては王家の一員として民のために身を粉にせよ」とか「フルヴィオ様を心身共に全力でお支えせよ」とか、そういった類いの精神が私を揺さぶる。その上、容姿以外は不出来な妹の分まで私がしっかりしなければという、キャロルの実姉としての責任感も、結局は完全に捨て切ることができないのだ。
「……一旦帰国するわ。もう二月以上経つしね」
「さようでございますか。承知いたしました」
一度だけ王城に出向き、様子を見てくるか。でも登城するからには生易しい言葉はかけない。相変わらず王妃としての自覚もなく怠けているようだったら、厳しく叱咤して耳が裂けるほど説教してやるわ。
そんなことを考えながら、頭の片隅では全く別のこともよぎる。
(……クロード様にはすぐにお手紙を出しておこう。せっかく帰国するのだから、お会いできる時間があればいいのだけど)
カーデン伯爵家のルジェナ嬢からは「利発で可愛い妹ができたみたいで嬉しい。帝国語で会話しながら互いに語学力も向上させられそうです」といった内容の手紙が届いた。オリアナ嬢からも「セザリア王国へ旅立つのが待ち切れないほど楽しみです。エリッサ様のような素敵な淑女になれるよう精進いたします」と礼状が届いた。
両家の諸々が上手くいきそうなのを見届けた私は、次なる視察へと旅立った。リウエ王国を中心に東側の小国を二月ほどかけていくつか回る。その間クロード様にはこまめに手紙を出し、無事でいることや、どのように日々を過ごしているか、知り得た新たな情報についてなどを書き綴った。彼からも同じ頻度で手紙が届き、領地での日々についていろいろと教えてくれた。毎日山ほどの書類を捌きながら、代官たちとのやり取りをし、領民からの要望に応え、領内を視察し、新規事業の計画を立てたりと、クロード様はいつもお忙しく過ごされているようだった。真面目で精力的な彼の仕事ぶりが窺えて、胸が熱くなる。
ある日手紙を大事に読み進めていると、こんな一文があった。
“君の美しい筆跡を見ていると、無性に君に会いたくなる”
「────っ、」
直前まで仕事のことについて淡々と語っていたのに、前触れもなくふいにこの文章が表れ、私の体は一気に熱くなった。クロード様の手紙を読みながら、私も同じことを考えていたから。
手紙を抱きしめるように、胸元に押し当てる。喜びに大きく高鳴る鼓動を静めるために、私はそのまま瞳を閉じ、甘いため息をついた。
目を閉じると、クロード様のアイスブルーの優しい眼差しが脳裏に浮かんだ。
リウエより東側にある、とある小国の侯爵家で行われた夕食会に招かれた時のことだった。高位貴族の方々との親睦を深めていると、一人の壮年の男性から声をかけられる。それは何度かお会いしたことのある、この王国の大臣の一人だった。今夜はプライベートで参加しているとのことだった。
「あなたが我が国に来訪なさり今夜の夕食会に参加する予定だと聞いて、私も招いてもらったのですよ」
「まぁ、それは光栄ですわ。お会いできて嬉しゅうございます」
しばらく当たり障りのない会話を交わした後、大臣は神妙な面持ちで言った。
「ところで、サリーヴ王国と締結予定だった新条約だがね、あの話は白紙になりましたよ」
「え……っ。まさか……」
「あなたが次の王妃になると思ったからこそ、締結を検討していた新条約だった。だが、国王陛下ご夫妻があのような方々では……先行き不安で新たな条約の締結などとても……」
またか、と思った。こういった話が少しずつ耳に入るようになってきていた。やはりフルヴィオ陛下とキャロルの評判が悪すぎて、我が国は周辺諸国からの信用を失いつつある。
(誰からもいい話を聞かないわ。あの二人は一体何をしているのかしら……)
憂鬱と不安が入り混じった何ともいえない気持ちになって滞在中のホテルに帰ると、しばらくしてミハが一通の手紙を持ってきた。
「エリッサお嬢様、奥様からの書簡でございます」
「母から? 何て?」
この国の書店で購入した歴史書をパラパラと捲りながら、私はそう尋ねた。
「……王妃陛下から矢の催促があっているとのことです。火急に相談したいことがある故、急ぎ帰国し登城してほしい、と」
(またか……)
「そんなことだろうとは思ったけど」
「ですが高圧的な雰囲気ではございませんね。“相談したい”、“登城してほしい”など。“至急登城せよ”と指図する言い回しではないような」
「……よほど行き詰まっているのでしょうね……はぁ」
思わずため息が漏れた。やはり王城の教育についていけないのだろうか。正直もう関わりたくはない。繰り返すが、陛下ご自身が私を不要と仰り、そして私も二度と関わらないと宣言したのだ。今さら私に頼るのは違うだろう、と思う。
だがここまで周囲の反応が悪いと、さすがに完全に無視することができない。幼い頃から叩き込まれた「やがては王家の一員として民のために身を粉にせよ」とか「フルヴィオ様を心身共に全力でお支えせよ」とか、そういった類いの精神が私を揺さぶる。その上、容姿以外は不出来な妹の分まで私がしっかりしなければという、キャロルの実姉としての責任感も、結局は完全に捨て切ることができないのだ。
「……一旦帰国するわ。もう二月以上経つしね」
「さようでございますか。承知いたしました」
一度だけ王城に出向き、様子を見てくるか。でも登城するからには生易しい言葉はかけない。相変わらず王妃としての自覚もなく怠けているようだったら、厳しく叱咤して耳が裂けるほど説教してやるわ。
そんなことを考えながら、頭の片隅では全く別のこともよぎる。
(……クロード様にはすぐにお手紙を出しておこう。せっかく帰国するのだから、お会いできる時間があればいいのだけど)