【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜

40. 解放してくれない

 このままじゃこのサリーヴ王国はどうなってしまうのか。今だって壁際の侍女やメイドたちの視線が冷たい。この子は気付かないのかしら、自分が置かれた状況のマズさに。

「……キャロル。普通はね、王妃陛下から茶会に招かれるって、とても光栄なことなのよ。よほどの理由がない限り、招かれて断る女性なんていないわ。それなのに、高位貴族の方々が誰も参加したがらないって、どういうことか分かっているの? あなたは信頼されていないの。このままいくともっと悪い状況になるわよ。廃妃されたらどうするの? 追放されたら? あなたのせいで法改正されて、側妃制度が復活するかもしれないわよ。陛下が優秀な側妃を迎えられて、あなたはお払い箱になるかもしれない」

(いや、その前にその陛下自身も貴族たちの信頼を得られてはいないのだけれど……)

 キャロルは恨めしげに私を睨みつけながら唇を噛みしめている。そんな顔をされたって、事実は事実だ。むしろ私はかなり親切な姉だと思う。

「お茶会の前に、まずはしっかり勉強をなさい。この短期間で地に落ちかけている王家の威信を回復して」
「だから!! そのための茶会なのよ!! 分からないの!? あたしが突然王妃になったことを皆がまだ受け入れられずに戸惑っているみたいだから、大丈夫だって印象付けたいの。そのために貴族たちからの信頼がたーっぷりおありになるお姉様が出席して、あたしの信頼回復のサポートをしてほしいのよ! お姉様を餌に貴族たちを出席させて、あたしが今どれだけ頑張っているかアピールするの。姉なんだから一肌脱いでよ!」

(そのための茶会、って……。さっきは“たまの息抜き”とか言ってなかったかしら。それに、目の前で人のことを堂々と“餌に”って……。失礼極まりないわねこの子。ひっぱたいてやろうかしら)

 ムカムカしながら内心そんなことを考えていると、突然キャロルの態度がコロリと変わった。顔の前で両手を組み、口元を震わせながら瞳に涙をたっぷりと溜める。次の瞬間、彼女の泣きぼくろの上を一粒の涙が流れた。相変わらずの早技だ。感心する。

「お……お願いよ……お姉様……。あたしを助けて。あたし、頑張るから。この国の王妃として、誰よりも強く賢い女性になってみせるわ。だから、そのための足がかりをちょうだい。高位貴族たちからの信頼が寄せられていると思った方が、自分へのプレッシャーになってもっともっとお勉強を頑張れるわ。皆お姉様があたしの茶会に参加すると分かれば、絶対に来てくれるもの。あたし、その場で宣言するわ。世界一素晴らしい王妃になりますって」
「いや、そんな宣言はいらないのよ。あなたが本当に素晴らしい王妃になれば、皆見極めて自ずとついてくるから。大事なことは宣言じゃなく行動で示しなさいよ。それと、この私に泣き落としは通用しないわよ。昔からどれだけ見てきたと思っているのよ」

 私は間髪容れずにそう答えた。するとキャロルの顔色が、またガラリと変わる。

「だから!! 行動はするって言ってるでしょ!? しつっこいわねぇ。あたしに説教しないで!! あたしは王妃様なのよ!? いいからとにかく、来週末の茶会には参加してよね! 皆への招待状にそう書くから! あなたもねぇ、血の通った人間なら、少しは優しさってものを見せなさいよ!! この国がどうなってもいいわけ!?」

 それはこっちのセリフだ。あなたこそこの国を滅ぼすつもりかと問いたい。少しも尊敬できない人間にここまで偉そうな態度をとられると、本当に頭にくる。

 だけど結局私は、茶会への参加を承諾するしかなかった。いまだにこんな状態では放っておけない。
 参加を条件に、キャロルの教育を私自身が数週間見張り続けることを承諾させた。朝から晩まで机に縛りつけてやる。けれどキャロルは「茶会の準備がある。王妃としての初めての茶会でしくじるわけにはいかないから」と、その教育を茶会の後からにしてほしいと懇願してきた。実際この王国の高位貴族たちを大勢招く茶会がグダグダでは話にならないから、私は渋々了承した。まぁ私も帰国したてで、やることはまだたくさんある。

 ようやくキャロルの私室を出る頃には、私はもう精神的に疲れ果てていた。どうしてこんなことに。もうフルヴィオ陛下とキャロルには一生関わりたくなかったのに。結局解放してくれないじゃない。

(そういえば、セルウィン前公爵が仰っていたっけ。キャロルが身勝手な内容の手紙を私に送らないよう陛下に進言すると。陛下のことだもの。前公爵からそんな進言をされれば、怯えてすぐさまキャロルに注意したはず。……まさか、それさえも無視したのかしら、あの子は)

 げんなりしながら廊下に出ると、部屋に入る時に立っていた二人の護衛が入れ替わっていた。そのうちの一人の姿を見て、私は思わず足を止める。

(……アルヴィン・ランカスター伯爵令息だわ)

 赤茶色の髪にヘーゼルの瞳。整った優しい顔立ちの彼は、私を見てかすかに笑みを浮かべた。まさかキャロルの護衛をしていたとは。びっくりした。
 王妃の部屋の前で立ち話をするわけにもいかないので、私も彼と同様に口元に笑みを浮かべ目で挨拶をすると、その場から立ち去った。

(……姉妹の醜い言い争いを聞かれてしまったわねぇ。恥ずかしい……)




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